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軽業師タチアナと大帝の娘 作:並木陽(青春アドベンチャー)

  • 作品 : 軽業師タチアナと大帝の娘
  • 番組 : 青春アドベンチャー
  • 格付 : B
  • 分類 : 歴史時代(海外)
  • 初出 : 2022年8月29日~9月16日
  • 回数 : 全15回(各回15分)
  • 作  : 並木陽
  • 音楽 : 日高哲英
  • 演出 : 藤井靖
  • 主演 : 朝夏まなと

18世紀前半、女帝アンナ・イワノヴナ治世下のロシア。
帝都ペテルブルクにひとりの女芸人が華麗に舞っていた。
彼女の名はタチアナ。
国家と教会から弾圧され消えていったロシアの伝説的な芸人集団スコモローフの末裔であることを自認する彼女であったが、彼女自身はただの軽業師に過ぎなかった。
しかし、帝国政府の暴政、それに対する人々の不満、そして彼女がもつ特別な運命が彼女が街角のいち芸能者であることを許さない。
ある日、言い寄ってきた貴族の誘いを断ったことをきっかけに彼女は罪人としてシベリアに送られてしまう。
これがロシアの大地を股に掛けたタチアナの冒険の日々の始まりだった。



今年も並木陽さん脚本、日高哲英さん音楽、藤井靖さん演出のオリジナル西洋歴史ものの季節がやってきました。
第1弾の「暁のハルモニア」から数えて本作品「軽業師タチアナと大帝の娘」が5作品目。
5年間に亘って毎年、7月から11月までの時期に1作品ずつ放送されてきました(一覧は当記事末尾をご覧ください)。

ロシア近代化前夜

さて、本作品の舞台は18世紀のロシア。
作中明示されている当時の皇帝はアンナ・イワノヴナですので、この物語のスタート時期は1730年~1740年のどこか、ということになります。
演出の藤井靖さんが「時代ものを楽しむ際に、どれくらい「予習」するかは、常に悩ましい問題」(出典:NHK公式(外部サイト))と書かれていますが、実際、この作品のタイトル(特に後半部分)を前提として、その後の歴史を知ってしまうと本作品の展開が何となく予想できてしまう部分もあります。

同時代を舞台とした作品

このブログは基本的にネタバレしないことを信条としているので、大まかな括りとして、ロシアを帝国にした偉大なピョートル大帝と、外国出身ながら啓蒙専制君主の代表格として同様に「大帝」と呼ばれるようになった女帝エカテリーナ2世(大黒屋光太夫の話でも有名)との間の時期にあたること、すなわちロシアが中世的な辺境の大公領から(ロシアなりに)近代的な国家へと変貌していく端境期ということだけ言及しておきます。
ちなみに同様に西洋の歴史を題材にした作品との前後関係については、フランスを中心に整理したこちらの記事をご覧いただきたいのですが、具体的に近い時代の作品というと「仮想の騎士」や「ハプスブルクの宝剣」が挙げられます。
そういえば「仮想の騎士」のデオンが赴いたときのロシアはアンナの2代後の皇帝エリザベータの宮廷でした。

必殺技!シベリア送り!

さて、本作品の主人公は民間人(軽業師)のタチアナなので、以上の政治的背景はストーリー展開にあまり関係ない…といいたいところですが、実はそうではありません。
タイトルの後半が示す「大帝の娘」が事実上の第2主人公であり、タチアナもロシア宮廷の陰謀劇に深くかかわっていくことになります。
具体的には、作品が始まってすぐにタチアナは「シベリア送り」というロシア(ソ連)の必殺技を喰らってしまいます。
シベリアと聞くと名作「オリガ・モリソヴナの反語法」における陰惨なシベリア話を思い出して気が重くなるリスナーもおられると思いますが、その懸念には及びません。
本作品は「グランドロマン」ですので、生命力の強い女主人公が力強く冒険人生を生き抜いていきます(力強く生きられない脇役は…ですが)。

役割分担?

ところで過去の並木陽さんのオリジナル脚本作品を振り返ってみると、1作目の「暁のハルモニア」こそ民間人が主人公でしたが、その後の3作品は王族や貴族などの貴顕が主人公でした。
そのため、これら3作品は政治劇・戦争劇を中心に歴史の流れを描く作品でした。
今回は文化史を背景に政治史を描くという意味で「暁のハルモニア」に近い原点回帰の構成なのですが、文化を象徴する「軽業師」(庶民)と政治を象徴する「大帝の娘」(権力者)というダブル主人公による複数の視点を設定したのが目新しいと思います。
ただし、文化・庶民側を担う軽業師タチアナが主人公であるにもかかわらず後半、政治劇の要素が強くなること、タチアナと「大帝の娘」の生きざまが大きく異なり、舞台もばらばらで終幕を迎えることから「暁のハルモニア」ほど作品としてのまとまりはなく、テーマがどっちつかずになったことを少し残念に感じました。

ロシアだからなのか

ところで上記の「シベリア送り」に関係するのですが、最近のロシアのウクライナ侵攻のニュースを聞いたり、本作品を聴いていてなのですが、冷戦時代にわれわれが共産主義国家の特徴と思っていた専制主義、権威主義、秘密主義、強権主義的な行動様式って、実はソ連が共産主義だったからではなく、場所がロシアだったからなのではないか、という考えが浮かんできました。
実際、上記のような特徴は、ソ連成立以前もソ連崩壊以降も同様にロシアに見られる気がします。
共産主義を主導する国家がロシア以外だったら歴史はどうなったのか、考えてみるのも面白い気がしますが、まあ現在のロシアが単に近代化できていないだけかもしれません。

トップスター&トップ娘役

さて、本作品の主役タチアナを演じるのは「悠久のアンダルス」以来の主演となる朝夏まなとさん。
「暁のハルモニア」のアマーリエ、「悠久のアンダルス」のラシーダは優しい貴婦人でしたが、本作品のタチアナは(女性役ですが)元宝塚トップスターの朝夏さんらしい活発な肉体派のキャラクターです。
また、朝夏さんとコンビを組むもうひとりの主役「大帝の娘」を演じるのは元宝塚のトップ娘役の野々すみ花さん。
「大帝の娘」はもちろん歴史上の人物で、具体的に誰かは凡そ想像できてしまうと思うのですが、本作品での「大帝の娘」の登場はほぼ第2週からなので、ネタばれしないことが信条のこの記事では一応伏せておきます。
なお、おふたりとも同時期の宝塚出身者ですが、本格的な共演は「十数年前、宝塚歌劇団花組の『黒蜥蜴』、『アデュー・マルセイユ』新人公演での相手役までさかのぼります」(公式ホームページより)とのことです。
最近の青春アドベンチャーは宝塚出身者の同窓会と化していますね。
なお、この公式ホームページですが、今回キャスト13人全員からコメントをもらうという快挙を成し遂げています。
ファンの方は必見だと思います。


【並木陽原作・脚本・脚色作品一覧】
中世~近代ヨーロッパを舞台とした多くの作品を提供された並木陽さんの関連作品の一覧はこちらです。


(補足)
当ブログ主催の2022年青春アドベンチャー・人気アンケートで、当作品が第3位の得票を得ました。
詳しくは別記事をご参照ください。



Hirokazu

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