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渇きの海 原作:アーサー・C・クラーク(FMアドベンチャー)

  • 作品 : 渇きの海
  • 番組 : FMアドベンチャー
  • 格付 : AA+
  • 分類 : SF(宇宙)
  • 初出 : 1984年9月24日~10月12日
  • 回数 : 全15回(各回10分)
  • 原作 : アーサー・C・クラーク
  • 脚色 : 瀧沢ふじお
  • 演出 : 花房実
  • 主演 : 中尾隆聖

極めて粒子の細かい砂が堆積し、あたかも水のように流れている“渇きの海”。
そこは月面を代表する観光地だ。
セレーネ号は、この危険だが極めて安定した“渇きの海”で運行されている遊覧船である。
乗客22人を乗せたその日の遊覧も、月面を熟知したパット船長の操縦のもと、何事もなく進んでいた。
そのためパット船長も乗客達も全く想像していなかった。
その日、かつて“渇きの海”で観測されたことのない“海面”の陥没が発生することを。
そして、奇跡的な確率でセレーネ号がその事故に遭遇してしまうことを。



本作品「渇きの海」は、1980年代の中盤にNHK-FMで1年間だけ放送されてい番組「FMアドベンチャー」で放送されたラジオドラマです。

FMアドベンチャーの系譜

当時は、月曜日から金曜日まで10分ずつの枠で放送されていた「FMアドベンチャー」と、土曜日に約1時間弱の枠で放送されていた「FMシアター」の2番組が、丁度、対になるタイトルで放送されていました。
前者はその後、「アドベンチャーロード」→「サウンド夢工房」→「青春アドベンチャー」とタイトルが変わり(放送枠も15分に変わり)、今に至っています。
正直、今でも「青春アドベンチャー」というやや気恥ずかい番組名ではなく、「FMアドベンチャー」という番組名で良いのではないか、とも思ったりします。

ビッグスリー

さて、本作品は「幼年期の終わり」や「2001年宇宙の旅」で有名なアーサー・C・クラーク、すなわちSF界のビッグスリーのひとりと呼ばれた超大物の小説を原作とするラジオドラマです。
ちなみにビッグスリーの残りの2者は、アイザック・アシモフとロバート・A・ハインライン。
ハインラインは随分後に代表作の「夏への扉」が青春アドベンチャー化されていますね。

ハードSF

3人の中では、クラークが最も科学考証に重きを置いたハードSF指向であり、本作品「渇きの海」もハードSFに分類される作品です。
具体的な内容としては、月の砂漠で起きた事故をテーマとする事故パニックSFともいうべき作品です。
青春アドベンチャー系列で放送された似た傾向の作品としては、ハードSFという面では「太陽の簒奪者」、パニックものという面では「スフィア」や「ジュラシック・パーク」が、その両者を兼ねるものとしては「小惑星2162DSの謎」があります。
本作品は、これらの中でも最良の作品のひとつと言っても過言ではないと思います。

月面パニックもの

それでは具体的に作品内容を紹介します。
本作品で発生する事故は単純明快。
地中のガスが抜けたことによる陥没にたまたま遭遇したセレーネ号が“水深”15mの地点まで潜ってしまうのです。
全く身動きが出来ず遭難場所すら知らせることができなくなってしまったセレーネ号。
内部の乗客乗員24名と、外部の関係者による必死の脱出(救出)作戦が始まります。
温度上昇、酸素不足など危機が次々と発生しますが、内外の関係者の必死の努力で希望をつないでいく様は、パニックモノの王道の展開と言えるでしょう。

冥王星探査の英雄

そして、主人公であるパット船長にとって幸運だったのは、乗客の中に老人ながらとても頼りになる人物がいたこと。
ハンスティーン提督はかつて冥王星探査を指揮した老練な人物で、宇宙船乗りらしい肝の太さとユーモアのセンスを併せ持つ傑物です。
このハンスティーン提督は、ムーミンパパ役でおなじみだった高木均さん(2004年没)が演じています。
高木さんと言えば独特な抑揚のある声が印象的で、NHK-FMのラジオドラマでも「封神演義」、「小惑星美術館」、「マージナル」などでとても幻想的な(気味の悪い?)役を演じていましたが、本作品のハンスティーン提督はとても理知的で穏やか。
こういう役も意外と高木さんの声にあっていますね。

剽軽科学者

また、もうひとりの“お助け老人”が八木光生さんが演じるマッケンジー博士。
科学的な知見を生かして危機を事前に察知したりもしますが、基本的には飄々とした味わい深いじいさんです。
八木さんは東京放送劇団(当時のNHKの専属劇団)の方でしたので、この時期の多くの作品に出演されていますが、比較的アクの強い役が多い中、この作品ではとても楽しそうに演技をしているのが印象的です。
楽しそうと言えば、本作品は役名と出演者名を出演者さんご自身が言う形式なのですが、12話の出演者紹介の際には、八木さんは同じ東京放送劇団の関根信昭さんと一緒に、その回の内容を反映して、ゴホゴホ言いながら(なぜゴホゴホかはネタバレ防止のため秘密です)自己紹介したりしてなかなか楽しい趣向です。

他にも懐かしいお声が続々

その他、スクープを狙って実況中継を続ける大木民夫さん演じるスペンサー記者や、なぜか声だけで宇宙的なイメージが喚起されてしまう矢島正明さんのナレーション(なぜってカーク船長だからに決まってますが。そういえば「オペレーション太陽」も矢島さんのナレーションでしたね)なども印象的です。
そのため、主人公のパット船長やヒロインのスーが相対的に印象が薄いのですが、調べてみると、このふたりを演じている中尾隆聖さんと鵜飼るみ子さんだって、「アンパンマン」のばいきんまんと、「機動戦士ガンダム」のフラウ・ボゥな訳で、結構、凝った配役だったりもします。

脚本上の工夫

そうそう、上記のスペンサー記者の実況中継ですが、これもナレーションの補助的な役割を果たしています。
また、序盤に作中でパンフレットを読むシーンがあるのですが、これも上手くナレーション的に利用されています。
SFのラジオドラマは、どうしても状況説明的なナレーションが多くなりがちで、例えば「小惑星2162DSの謎」などでは主人公の台詞の中で「例え」を連発させることで上手く状況説明をしていました。
本作品の脚色は滝沢藤男さんという方ですが、SFのラジオドラマではこういった脚色上の工夫が必要不可欠だと思います。


Hirokazu

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