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還れ、大山へ(かえれ、だいせんへ) 作:よしおよしたか(FMシアター)

  • 作品 : 還れ、大山へ(かえれ、だいせんへ)
  • 番組 : FMシアター
  • 格付 : A
  • 分類 : タイムトラベル
  • 初出 : 2016年9月24日
  • 回数 : 全1回(50分)
  • 作  : よしおよしたか
  • 演出 : 佐藤淳一
  • 主演 : 三宅弘城

「遠藤権造(えんどう・ごんぞう)さんの様子を見てきて欲しい」
アパートの大屋にそう頼まれた私は遠藤老人の部屋を訪ねた。
私の職場は、区役所の高齢福祉課。
独居老人の見守りや万相談対応が仕事だ。
遠藤老人はもともと足が悪く、言葉も不自由だったが、その日、部屋に訪ねてみると特に体調が悪そうだった。
仕方がない。
遠藤老人を外に運びだそうとした私だったが、彼が手に持っていた手ぬぐいを引っ張ったところ、突如、彼は暴れ出し、私を羽交い締めにし始めた。
苦しい…
抵抗の末、やっと意識を取り戻した「私」だが、周りを見るとなぜか山深い里に女性とふたりでいることに気がついた。
自分は一体、どうしてしまったのだ?
足が動かない。言葉も出ない。
ケガをしているのだろうか。


本作品「還れ、大山へ(かえれ、だいせんへ)」は、2015年にNHK松山局が実施した「平成27年度中四国ラジオドラマコンクール」で入選した脚本をラジオドラマ化した作品です。
2016年末に当ブログで実施した「2016年のFMシアター・特集オーディオドラマの人気投票」では堂々の第3位に入っています。
ちなみに、この「中四国ラジオドラマコンクール」、すでに平成28年度も終了しており、入選作として柿沼伸良さんの「母の自転車に揺られて」が選ばれています。
恐らくこの作品は平成29年にFMシアターにてラジオドラマ化されるものと思われます。

大石内蔵助?

さて、本脚本を書かれたのは「よしおよしたか」さんという方です。
「忠臣蔵か!」と突っ込みたくなるようなお前ですが(大石内蔵助良雄の名前の読みは「よしお」と「よしたか」の両説がある)、「イルミナシオン映画祭」でシナリオ大賞を受賞された際の記事(外部リンク)によれば兵庫県在住とのことなので、まんざら忠臣蔵と関係がないわけでもないのかも知れません。
ちなみにこの記事によれば、ご職業はスポーツセンター指導員となっており、素人の方が入賞されたようにも見えますが、同記事で本名とされている謝花喜天(ざはなよしたか)で検索すると、映画「ハッピーアワー」などのへの出演歴がでてきます。
もともとは俳優さんなのでしょうか。

一種のタイムトラベルもの

さて、本作品を冒頭のジャンル分類では「タイムトラベル」に分類していますが、物理的な時間移動をする典型的なタイムトラベルものではなく、意識だけ過去の時点に戻って過去の世界を再体験するタイプの作品です。
しかも、戻るのは過去の自分ではなく他人の身体の中であり、青春アドベンチャーでいえば、2007年の「僕たちの戦争」、2011年の「珊瑚の島の夢」、2016年の「晴れたらいいね」などと同じです。

太平洋戦争とタイムトラベル

と、こうして並べてみると、どの作品も戦時中に戻る展開の作品です。
とても偶然とは思えません。
恐らく、戦争を知らない世代の人間に戦争を体験させる手法として、とても使いやすい設定であることから多用されているのではないでしょうか。
本作品もその例に漏れず、太平洋戦争中の他人の身体の中に意識だけ入るのですが、本作品が特徴的なのは、戦時中と言っても舞台はあくまで日本国内であること。
いわば「銃後の日本」に戻ることになります。

銃後の日本

「銃後の日本」を描いた作品としては、(まったくタイムトラベルとは関係しませんが)劇場アニメーション「この世界の片隅に」が、今、ひそかなヒットになっています。
「この世界の片隅に」も銃後の生活を(概ね)淡々と描いた作品で、戦争の悲惨さを声高に訴える作品ではないのですが、本作品はそれ以上にこの面のテーマ性は薄い作品です。
本作品のテーマは、戦争とか平和ではなく、恐らく人生の不条理さとそれでも生きていく人の哀感なのではないかと思いますが、そういえばこれは「この世界の片隅に」にも通じるテーマですね。

FMシアター、渋すぎ

それにしても(比較的)若く、ぽややんとした女性を主人公に据えた「この世界の片隅に」と比較すると、障害を持った年寄りを主人公に据えているのが如何にもFMシアターらしいところ。
ヒロイン(?)であるの妻・サチも「日焼けしたフグのような女」という、どうにも冴えない容姿で設定されており、いくら絵のないラジオドラマとはいえ、渋すぎです。
先日ご紹介した「遙かなり、ニュータウン」もそうですが、FMシアターは年寄りメインの作品が多すぎるように感じます。
ただ、このサチに関しては、演じる松本若菜さんの声もあり、聞いていても「フグのような」感じには聞こえませんでした。

シンプルなメッセージ

ということで「時間もの」の割には爽快感に著しく欠ける本作品ですが、視聴後感は意外と悪くありません。
50分枠のFMシアターですのであまり凝った内容には出来ないですが、「行って戻ってくるだけ」のシンプルなストーリーラインや、権造(中身は「私」)のモノローグを中心に進むシンプルな構成(権造は口がきけないという設定と上手くあっている)で、ストレスなく聞くことが出来る作品でした。
どんな人でもそれぞれの歴史を抱えて外に見せない思いを持って懸命に生きている。
そんな忘れがちだけど大切なことを思い出させてくれる作品でした。

出演者紹介

さて、主役の「わたし」を演じたのは俳優の三宅弘城さん。
宮藤官九郎作品の常連俳優さんです。
本作品は松山局の制作作品ですが、三宅さんは神奈川県横須賀市のご出身とのことなので、特段地元出身の方を起用した訳ではないようです。
地元出身という意味では、サチ役の松本若菜さんが大山のある鳥取県出身のようです。
「中四国ラジオドラマコンクール」ということで仕方がないのでしょうが、よく考えると松山局で大山というのはちょっとチグハグではあります。


本作品は、当ブログが実施した2016年のFMシアター人気投票で第3位に入りました。
詳細はこちらをご覧ください。




Hirokazu

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