大黒屋光大夫 原作:吉村昭(特集オーディオドラマ)
思えば、信じられないほど遠くへ来たものだ。
伊勢の白子の一介の船頭に過ぎなかった、この大黒屋光太夫が、ロシア帝国の首都ペテルブルグにいるのだ。
船を失い、紀州様から託された大事な船荷の米も失った。
そして、出港時には16人いた部下達も、長い漂流と放浪の果てに次々と死亡し、先日、九右衛門が死亡した今となっては、庄蔵、小市、新蔵、磯吉の僅か4人だけになってしまった。
船頭としての責任を痛切に感じる。
しかし私はここで下を向くわけにはいかない。
日本に帰るのだ。
生き残った全員を連れて日本へ帰るのだ。
そのためには、もうこの国の皇帝に直訴するしかない。
この国で出会えた最良の人物、ラックスマンの助力もある。
女帝エカテリーナ二世と面会して何としても帰国の許可を取り付けるのだ。