Categories: 格付:AA

無頼船長トラップ 原作:ブライアン・キャリスン(FMアドベンチャー)

  • 作品 : 無頼船長トラップ
  • 番組 : FMアドベンチャー
  • 格付 : AA-
  • 分類 : 冒険(山岳海洋)
  • 初出 : 1984年4月2日~4月13日
  • 回数 : 全10回(各回10分)
  • 原作 : ブライアン・キャリスン
  • 脚色 : 田辺まもる
  • 演出 : 伊藤豊英
  • 主演 : 伊東四朗

一体、ジェームズ提督はなにを考えているのだ。
2800回もドイツ軍からの空襲を受けた孤立無援の島・マルタ。
最近ではろくな物資も入ってこないこのマルタと北アフリカの間を、非武装で、レーダーも無線も持たず、しかも機雷の情報もなしに1年2カ月も往復を続けた船がいるというのか?
しかもトラップなる無頼漢が率いるその船はドイツアフリカ軍団の横流し物資で闇商売をしてきた旧式の小型貨物船だというのだ。
そんなことはありえないはずではないか。
しかし、一番信じられないのはそのことではない。
なんと提督は、ようやく拿捕したそのボロ船をそのまま英国海軍に編入し、北アフリカのドイツ・ロンメル軍団の補給路を断ち切る任務に就かせろというのだ。
しかもその責任者として、この私、ミラー大尉を任命するというのだ。



四半世紀の歴史を誇るNHK-FMのエンターテイメント・ラジオドラマの帯番組「青春アドベンチャー」。
その歴史をさらにさかのぼると「FMアドベンチャー」という番組にたどり着きます。
NHK-FMで最初にタイトルに「アドベンチャー」と付けられたこの番組の、そのまた一番最初に放送された作品が、この「無頼船長トラップ」です。
すなわち現在放送されている青春アドベンチャーの各作品の源流、直系のご先祖様こそがこの「無頼船長トラップ」なのです。
放送されたのは1984年。
優に30年を超える昔の作品ですが、まさに「記念碑」というべき作品でしょう。

主人公はアウトロー

その「記念碑」で放送された作品を一言でいうならば、「戦争もの」+「海賊もの」。
舞台が第二次世界大戦中なので当然、人が死にます。
そして主人公のトラップは一応、「少佐」に任官して(させられて?)いますが、基本的な行動原理が拝金主義でアウトロー。
一言でいえば悪党です。

冒険小説最後の輝き

実は本作品が放送されたFMシアターはピカレスクロマンがかなり多い番組で、各作品の主人公を見ても、「泥棒」(女たちは泥棒)、「視聴率のために手段を択ばないTVプロデューサー」(魔の視聴率)、「テロリスト」(ペテルブルグから来た男)など、近年の青少年向けのぬるい青春アドベンチャーとはかなり雰囲気が違います。
当時はラジオドラマが大人の娯楽として成立していた最後の時代だったのかもしれません。
さらにいうなら、小説の世界においても、翻訳ものの冒険小説が輝きを保っていた最後の時代といえると思います。
いまは両者ともなかなか厳しい状況であるとは思いますが、たまには本作品のようなハードな作品も聴いてみたいものです。

海賊トラップ

さて、改めて本作品のストーリーと登場人物を紹介しますと、まず主役は伊東四朗さんが演じるカロン号船長・エドワード・トラップ。
このトラップ船長は元々英国海軍の軍人だったが、「くそ海軍」に嫌気がさし出奔。
以降は裏の世界を歩いてきた男、という設定です。
ジェームズ提督に弱みを握られ、やむなく英国海軍に復帰し、カロン号を率いて対独戦に従事することになりますが、基本的に面従腹背。
一応、指令どおり通商破壊活動に従事はしますが、その過程で必要があれば味方の軍艦を砲撃したり、お気に入りの銀の皿の強奪を個人的に続けるなど、通商破壊活動というより実質的には海賊です。

海軍だって海賊

海賊といっても「俺は海賊王になる!」などと息巻いている少年たちの楽しい海賊ごっことはわけが違います。
トラップは世界の正しさ、優しさを全く信じておらず、部下の命を無駄に危険にさらすことも躊躇しません。
とはいえ、トラップを「雇う」英国海軍側だって実は似たようなものです。
考えてみれば英国自体、エリザベス1世時代以降に大々的に私掠船(要は国家に承認された海賊)を活用して海洋国に伸し上がった国。
命令する方もされる方もどっちもどっちというところでしょう。

普通は高性能船の設定にしそうだが

そして面白いのがトラップ船長の率いるカロン号。
何と最高速度8ノットという超鈍足の旧式船。
作中では「密輸貨物船」、「英国仮装軍艦」などとカッコよく呼ばれることもあるのですが、トラップやミラーなどの乗組員からは「虫食い腐れ船」、「くそったれ船」など言われ放題。
しかし、そのドンガメ・カロン号は、○○艦に偽装することによって巧妙にドイツ軍の目を欺き商船を襲撃していきます。
このまま順調に戦争が続いていくのだと思いきや、後半に物語は急転直下。
他の悪漢が登場することにより、「トラップ戦争ぼろもうけ会社」、「トラップ戦争商事」の「地」があらわれ、戦争ものではなく、やはり悪漢小説へと急転直下していきます。
最後は少し楽しいエピローグまでついており、なかなか楽しめる展開でした。

原作は続編あり

ちなみに本作品の原作には「無頼船長の密謀船」、「無頼船長と中東大戦争」、「Crocodile Trapp」(日本未訳)、「Trapp’s Secret War」(日本未訳)という続編があるそうですが、このラジオドラマは単体で完結した内容になっているので、恐らく結末は、脚本家・田辺まもるさんによるラジオドラマオリジナルなのではないかと思います。

説明不足が目立つ

と、ここまでこの作品の良いところを述べてきたのですが、残念なところがあるのも事実。
説明不足というか、何となく納得いかない展開が多いんですよね。
例えば、カロン号の乗組員たちが英国海軍への編入をどう納得したのか、逆にカロン号に乗り組んだ軍人たちが「海賊化」をどう納得したのか、といったあたりがよくわからない。
簡単にいうと4人の主要メンバー(船長のトラップ、副長のミラー(演:羽佐間道夫さん)、カロン号古参のウイリイ(演:内藤陳さん)、砲術班長のクロッカー兵曹長(演:石田太郎さん))以外の心情が描かれることがほとんどなく、いわゆる「空気」状態なのが物足りない。

時間不足?

また、肝心のエピローグにつながる「○○ポンドの○○がまだ○○に埋まっている」という事実が非常にわかりづらい。
言い換えればそのことについての伏線が少なすぎてエピローグがかなり唐突になってしまっているのが残念。
総じて、10分×10回という枠がやはり窮屈すぎて、脚本に無理があるように感じます。
また、昔の洋画風のBGMも今となってはさすがに古めかしすぎるかな…

自由の海へ乗り出せ!

ただ、色々欠点もありますが、伊東四朗さん演じる悪漢・トラップの生きざまにはある種の爽快感があります。
後の青春アドベンチャーでは、正統的な「海賊もの」として、「海賊モア船長の遍歴」(1999年)、「レディ・パイレーツ」(2012年)の2作品が制作されているのですが、本作品はそれとは少し毛色は違うものの、なかなかの良作です。

羽佐間道夫さん大活躍

さて、最後に伊東四朗さん以外の出演者のご紹介を。
上で書きましたが、準主役というか、語り手として実質的な主役とも言えるミラー大尉(副長)を洋画吹き替えでは大御所声優であった羽佐間道夫さんが演じています。
トラップ役の伊東四朗さんが少しこもったような発声(これはこれでトラップにあっている)であるのに対して羽佐間さんは堂々たる美声です。
正直、最初の数話は気負い過ぎというか張り切り過ぎというか、その美声ゆえに少し浮いている感もありましたが、回を追うごとに溶け込んでいくのはさすがです。

1年を通した番組の顔

FMアドベンチャーはどの作品も、羽佐間さんによる「えふえむ(リフレインでもう1度「えふえむ」)・あどべんちゃ~」という番組名のコールから始まるのですが、その第1作たる「無頼船長トラップ」にナレーション役で出演された際に収録された番組名のコールが1年間そのまま使われ続けたということなのかもしれません。
そのほかジェームズ提督役の久米明さん、ヘレン少尉役の田島令子さんといったあたりが主要なキャストです。

【伊藤豊英演出の他の作品】
多くの冒険ものの演出を手掛けられた伊藤豊英さんの演出作品の記事一覧は別の記事にまとめました。
詳しくはこちらをご参照ください。

Hirokazu

オーディオドラマの世界へようこそ!

Recent Posts

もと天使松永 作:樋口ミユ(FMシアター)

都会の雑踏の中、生ギター一本で…

3週間 ago

レオナルド・ダ・ヴィンチの恋人 作:竹山洋(FMシアター)

なんて馬鹿なんだろう。軽蔑だわ…

4週間 ago

逆光のシチリア 作:並木陽(青春アドベンチャー)

1859年。貧しい身分から身を…

1か月 ago

バスタイム 作:中澤香織(FMシアター)

中学の頃、好きなものの話が長く…

1か月 ago

近未来物語 原作:筒井康隆(ふたりの部屋)

本作品「近未来物語」は筒井康隆…

2か月 ago