また、桜の国で 原作:須賀しのぶ(青春アドベンチャー)

格付:AAA
  • 作品 : また、桜の国で
  • 番組 : 青春アドベンチャー
  • 格付 : AAA-
  • 分類 : 歴史時代(海外)
  • 初出 : 2017年8月28日~9月15日
  • 回数 : 全15回(各回15分)
  • 原作 : 須賀しのぶ
  • 脚色 : 藤井香織
  • 音楽 : 山下康介
  • 演出 : 藤井靖
  • 主演 : 井上芳雄

中学を卒業後に外務省の留学生試験に合格してから早10年。
1938年、日本の外務書記生・棚倉慎(たなくら・まこと)はベルリンからワルシャワへと向かう列車の車上にいた。
先の大戦で傷つき、疲れ果てた欧州。
欧州中のすべての人々が平和を渇望しているはずだった。
しかしこのポーランドを覆う暗い影は何なのだ。
歴史上幾度も他国に侵略され国土を失ってきたポーランドはまた何かに怯えているかのようだ。
何かとは?
それは領土的な野心を隠そうとしない隣国・ナチスドイツなのか。
それとも平和のためなら小国の滅亡にすら目をつぶろうという大国の無関心なのか。
いくつもの価値観の間で押しつぶされるポーランドの人々。
自身、日本とロシアという二つのアイデンティティの狭間に立つ慎は、この踏みにじられ、引き裂かれた国で何を目にするのか。



たとえ憎悪と暴力が世界を覆いつくしても…

…というわけで、例によってまずは「また、桜の国で」のストーリー紹介から初めてみたのですが…
ダメですねえ。
どうにも作品の雰囲気が伝わりません。
公式ホームページのキャッチコピー「たとえ憎悪と暴力が世界を覆いつくしても、この想いは消えない。」の詩情豊かさには到底敵いませんね。
それにしても、この1行コピー、どなたが考えていらっしゃるのでしょう。
私もtwitterでブログ更新を告知する際に簡単な作品紹介文を考えるのですが、なかなかうまくいきません。
見習いたいものです。

2017年2作品目の…

さて、話が逸れましたが、今回の紹介作品は須賀しのぶさん原作の「また、桜の国で」(第156回直木賞候補作)です。
須賀しのぶさんといえば、本作品と同じ2017年の1月に初めて「帝冠の恋」が取り上げられたばかりの方。
それからわずか半年で2作品目です。
青春アドベンチャーで、今まで取り上げられていなかった作家が急に連続して取り上げられることには前例があり、1993年のマイクル・クライトン(ジュラシック・パークスフィア)や2007年の荻原浩さん(僕たちの戦争押入れのちよ)がそれに該当します。
しかし、イレギュラーな事態であることは確かです。
スタッフを見ると、「帝冠の恋」と「また、桜の国で」は藤井靖さん演出、山下康介さん音楽など、かなり類似しており、制作統括を兼ねる藤井靖さんの強い「推し」が感じられます。
ちなみに「山下康介さん音楽の作品に外れなし」というのは私の持論です。
本作品の音楽も、決して自己主張の強い音楽ではありませんが、作品に寄り添う良い劇伴だと思います。

異文化理解と自らの立場との狭間で

さて、主人公はロシア系の日本人である若手外交官・棚倉慎(たなくら・まこと)。
NHK-FMの外交官を主人公にしたラジオドラマとしては「プラハの春」(青春アドベンチャー)や「東の国よ!」(FMシアター)があります。
考えてみると、「異国の文化を理解し共感を持たずには外交官として生きていけない。しかし自国の権益のために異国と一線を引かなければ外交官である資格はない。」(レイモンド・チャンドラー風に書いてみました(笑))訳で、その葛藤はドラマの宝庫となりうる条件を備えています(まあ、前者の特に続編の「ベルリンの秋」は別の意味でドラマチックでしたが。)。
慎にも激動の時代と大きな葛藤が待っているわけです。

悲劇の歴史に向き合う

そう、彼が外交官として赴任したワルシャワはすでに第二次世界大戦前夜の状況にあるのです。
歴史を俯瞰してみることができるわれわれからすると、この後の悲劇的な展開はすでに周知の事実であるのですが、彼はまだそれを知りません。
彼はその出自のなせるわざか、偏狭な民族主義に一定の距離を置き、悲劇の歴史を続けるポーランド国民に寄り添い、この大戦に向き合うことを決めます。

戦争前夜の大使館

日本の在ワルシャワ大使館もまた戦争回避のために全力を尽くすのですが、時代は否応なしに動き始めてしまいます。
物語では、まずこの日本大使館の面々がなかなかに魅力的。
大使館の主で、あくまで誠実に平和を追い求める酒匂大使を演じたのは鈴木壮麻さん。
「帝冠の恋」の宰相メッテルニヒが強烈過ぎましたが、今回は口調がメッテルニヒとはかなり違い、誠実さが喋りからにじみ出ているのが見事。
情熱的な後藤副領事を演じた栗原英雄さんもナイペルク伯役でしたので、この二人は「帝冠の恋」コンビですね。
そして粟野史浩さん演じる慎の同僚の織田寅之助や、坂本真綾さんが演じるヒロイン・マジェナ(フルネームはマジェナ・レバンドスカヤ)を含め、とても良い一体感がでています。
しかし、物語が進むににつれ、この大使館関係者の多くがフェードアウト。
代わりにクローズアップされていくるのが、慎に準じる主人公格ともいえる3人の男性。

準主人公格①:ヤン

まず、慎に自分のアイデンティティを考えさせることになるユダヤ系の青年ヤンを演じたのは亀田佳明さん。
すでに「フラワー・ライフ」で主演経験があります。
ヤンは途中で徴兵され行方不明になったり、強制収容所に送られたりして、意外と登場シーンは少ないのですが、終盤の重要な段階で再登場。
慎を含めた4人の中でも最も過酷な人生をたどるヤンの鬱屈したしゃべり方を亀田さんが巧みに演じています。

準主人公格②:レイ

そして、シカゴプレスの記者であるアメリカ人・レイ(レイモンド・パーカー)。
独特の陽気なしゃべり方や気障ったらしい口笛は、恐らく演出上のもの(ポーランド人でも日本人でもないという状況をしゃべり方であらわしているのでしょう)だと思いますが、中川晃教さんによる、その微妙にうさん臭い演技がなかなかイイ感じです。
「誰よりも早く正確に真実が知りたい。」
「イデオロギーや国のご都合で歪められたものではなく、本物が見たい。そういうとき底辺に突き落とされた連中のもとに降りていくの一番いいってことさ。」
軽薄そうに見えるレイですが、彼の言葉にはリスナーに訴えかける力があります。
「(ポーランド人は)プライドばかりが高い。現実を見ることができないヤツばかり。」
ポーランドに対しても結構辛辣です。
後半に、レイのモチベーションの源泉である、ある意外な事実が判明し、実は結構ウェットな理由で彼が動いていたことがわかるのですが、彼はやはり感情だけで動く人間ではない。
「俺は、この目で見て、この耳で聞いたことしか信じない。」
ぶれない言動はさすがです。
中川さんも「1492年のマリア」で主演経験があるほか、「髑髏城の花嫁」にも出演経験がありますが、役の良さもあり、このレイが今までの青春アドベンチャーにおけるベストアクトなのではないでしょうか(中川晃教さんにご関心のある方はその後に制作された「ハプスブルクの宝剣」も必聴)。

準主人公格③:イエジ

さらにレジスタンス組織「イエジキ部隊」の指揮官として強烈な存在感を示すのが豊田茂さん演じたイエジ。
なんと彼は実在の人物で、戦後に来日もしているようです(参考:外部サイト)。
本作品のクライマックスは1944年の、いわゆる「ワルシャワ蜂起」ですので、終盤、イエジは大活躍です。
「ワルシャワ蜂起」とは第二次世界大戦末期、ポーランドの開放を目指してAK(ポーランド国内軍)を中心とする勢力が起こした武力蜂起ですが、最終的にはドイツ軍の反撃とソ連軍の見殺しにより、軍民20万人以上のポーランド人が死亡して鎮圧されました。
よって、「大活躍」が「大勝利」に結びつくわけではないのが、悲しいところではあります。

そしてミュージカル界のプリンス

そして、何より、彼ら過去の青春アドベンチャー主演クラスの曲者と絡む肝心の主人公・慎を演じた「ミュージカル界のプリンス」こと井上芳雄さんの演技が素晴らしい。
井上さんは、東京芸術大学在学中にミュージカル「エリザベート」のルドルフ役でデビューして以降、端正な容姿と高い歌唱力で多くのミュージカルで話題になったミュージカルスターです。
実は当ブログで昨年実施したアンケート「青春アドベンチャーに出演してほしい役者さん」でも名前が挙がっていました。
当ブログの推薦で出演が決まった…というわけでは全くなく、この作品に限らず、近年の藤井靖さん演出作品ではミュージカル(宝塚歌劇含む)経験者を多用する傾向にあるので、その流れで、なのでしょう。

藤井靖さんの「色」

最近の藤井靖さんは90年代の川口泰典さんに匹敵するくらい、たくさんの青春アドベンチャー作品を送り出しているのですが、キャスティングにおいても小劇団出身者と宝塚女優を多用した川口さんに匹敵するご自分の「色」がでているように感じます。
なお、藤井さんご自身による収録リポート(外部サイト)でも触れられていましたが、これだけ歌えるメンバーをそろえているのに歌うシーンがないというのも、なかなか面白いところです。
ちなみに、この収録レポート、全5回にも亘っており、ファン必見です。
というか、この収録レポートを読めば、こんなブログなんか読まなくてもよいのではないか、とすら思えます(笑)

なじみのない舞台を描く工夫

さて、現実の歴史的事件を下敷きにしたこの作品。
オリガ・モリソヴナの反語法」に続く、東欧もの第2弾といってもよい位置づけの作品だと思いますが、オリガ・モリソヴナと同様に一般の日本人は通り一遍の知識しかない国・時代が舞台。
しかし、「アウシュビッツ強制収容所」、「カティンの森事件」、「杉原千畝」といった有名なキーワードを織り交ぜつつ、全15回を掛けて丁寧に描いているおかげで違和感なく聴き進めることができました。
中盤までは残虐性は抑えた展開で、適度に客観的であるのも好感が持てます。
実際の第二次世界大戦の開戦日(ポーランド侵攻:1939年9月1日)にぴったりあわせて放送するスケジュールにはびっくりしました。
個人的には、結末に爽快感のあった「オリガ・モリソヴナの反語法」と比較して、エピローグに時間を割いている割に余韻に物足りなさは残りましたが、菅生隆之さんの渋い声で締めるのもこれはこれでよいと思います。


本作品の第5回が2019年3月放送の「今日は一日“ありがとうFM50”三昧~オーディオドラマ編」で紹介されました。


NHKらしい、終戦記念日前後に放送された「戦争を考える」系統の青春アドベンチャー作品の一覧はこちらです。


(補足)
本作品は、当ブログが年末に実施した2017年のリスナー人気投票で第1位の得票を得ました。
本作品のほかに人気だった作品にご関心のある方は別記事をご参照ください。


(補足2)
本作品が2020年5月6日に放送された「一日で聴く青春アドベンチャー」で一挙再放送されました。
詳しくは別記事をご覧ください。


(補足3)
本作品は、再放送された2020年のリスナーアンケートの得票数3位に輝きました。
詳しくは別記事をご参照ください。


【30周年記念全作品アンケート】
2022年に当ブログが独自に実施した青春アドベンチャー30周年記念・全466作品アンケートにおいて、本作品が20票を獲得して2位となりました。
リスナーの感想等の詳細はこちらをご覧ください。
また、同アンケートの出演者編で、本作品に出演している中川晃教さんが8票を獲得して5位となりました。
詳細はこちらをご覧ください。


コメント

  1. 雨音 より:

    SECRET: 0
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    こんにちは!

    聞き逃し配信のおかげで、しばらく遠ざかっていたラジオドラマも、コンプして聴けるようになりました。
    有り難やでございます☆

    原作を知らずに聴いたのが、よかったのか悪かったのか?最後はやっぱりショックでしたが、聴けて良かったです。

    中川晃教さんと言うと、すごくマニアックな番組で「GO GOランチBOX」と言う今は無いフーディーズTVで拝見したのが始めでした。コウケンテツさんが料理してる横で歌ってるみたいな(笑)。

    この作品までちょっとお見かけする事は無かったのですが、舞台の銀河鉄道999とか、ご活躍みたいですね。

    私はやはり声目当てで、鈴木壮馬さん、坂本真綾さんが一緒に出演されている・・・!と、思うと、舞台のレミゼラブルのジャベールとエポニーヌだわ!と思ってしまいました。
    残念ながら壮馬さんのStarsは一生聴けないのかなとか余計なこと書いてしまったり(^_^;)。

    戦争はもうやってはいけないですね、本当にそう思える作品でした。
    こんな悲劇がゴロゴロ転がる世界なんて、見たくないですもん。
    お話だから、きっと平和に聴けるんだと改めて思いました。

  2. Hirokazu より:

    SECRET: 0
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    雨音さま

    コメントありがとうございます。
    聞き逃し配信は本当に素晴らしいですね。
    青春アドベンチャー関係者の今年一番のファインプレーだと思います。
    願わくば、もう少し配信期間が長いと、ファン層を広げる役にも立つと思うのですが…

    また、私も戦争はフィクションの中だけで十分だと思っています。
    いざというときに自分にだけは砲弾が飛んでこないという自信は全くないですので、いざという時が来ないようにするしかないと思っています。

  3. 匿名 より:

    ライトノベルばかりだな
    名作で検索したのに

    • Hirokazu Hirokazu より:

      ???
      ライトノベルと名作は対立する概念ではないとおもいますが?
      あとなぜ「また、桜の国で」のコメント欄に?
      直木賞候補作は一般的にライトノベルとは認識されていないと思いますが?

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