夏の魔術 原作:田中芳樹(青春アドベンチャー)

格付:AA
  • 作品 : 夏の魔術
  • 番組 : 青春アドベンチャー
  • 格付 : AA-
  • 分類 : ホラー
  • 初出 : 1997年6月2日~6月13日
  • 回数 : 全10回(各回15分)
  • 原作 : 田中芳樹
  • 脚色 : 江口美喜男
  • 音楽 : 長谷部徹
  • 演出 : 松本順
  • 主演 : 尾崎右宗

夏休み。
自由にできる3週間の時間と20万円のお金だけを持って、大学生・耕平は気ままな一人旅に出た。
そして辿り着いた地方の無人駅で、12歳の家出少女・来夢(らいむ)と出会う。
次の列車を待ちわびる耕平と来夢だが、ようやく目の前に現れた列車は、観光地でもない地方の無人駅に停車するとは到底思えない蒸気機関車だった。
耕平、来夢を始めとする合計8人の待合客は、不審に思いつつ、他に移動の手段がないためやむを得ずその列車に乗車する。
しかし、列車はいつしかどことも知れない漆黒の暗闇に突入し、不思議なトンネルを通りつつ、無停車で、しかも、あり得ないほど真っ直ぐにばく進を続ける。
また、来夢も夢にうなされたかのような奇妙な言動を始める。
理解不能な事態に恐慌に囚われる乗客達。
しかし、これは一行を待ち受ける恐怖の始まりに過ぎなかった。



田中芳樹さんのホラー小説を原作としたラジオドラマです。
原作小説は「夏の魔術」、「窓辺には夜の歌」、「白い迷宮」、「春の魔術」の4部作のシリーズであり、本作はそのうち第1作が原作になっています。
なお、2作目の「窓辺には夜の歌」も後日、青春アベンチャーでラジオドラマ化されました。

ホラーとは

さて、本作の主要登場人物である北本老人の作中の台詞によれば、「いずれ合理的な回答が導き出される」のがミステリー的結末、「多少我々の常識と異なるとしてもそれなりに整合性のある論理的な結末が待っている」のがSF的結末であるのに対し、「ホラーは感情の激動を目的とするものであって」、「状況を論じること自体がそもそも的外れ」だそうです。
この定義に照らすと、本作品は「感情の激動」というほど怖い作品ではありません。

ホラーぽくない要素もあるが

それどころか中盤以降の緑色の怪物が走り回るシーンや、終盤の登場人物が自分の罪におびえるシーンなどはむしろコメディ的な雰囲気すら感じます。
作中でも「B級ホラーみたい」という旨の台詞もあり原作者・制作側も意識してやっている気配もあります。
また、事件の真犯人については、ある程度状況から合理的に推理する要素があり、その面では「ミステリー的」です。
さらに、事件の真相は極めて理性的な人物によりそれなりに論理的な説明がなされるのでSF的ではあります。
しかし、全体的に見ると、不気味な洋館、滅びた宗教などのホラー的な道具立てのほか、それなりに猟奇的な展開や狂気に囚われる登場人物など、やはりホラー要素も濃いこと、論理的な説明といっても結局は「宗教」や「魔術」で説明されており科学的な説明ではないことから、本ブログ上の分類は「ホラー系」とさせて頂きました。(ジャンル分類はこちら

初期田中芳樹作品らしい

さて、謎の機関車から何とか脱出した一行ですが、わけもわからないうちに謎の洋館に迷い込み、初期キリスト教の分派のひとつであるオフィート(拝蛇教)に絡む事件に巻き込まれていきます。
そして、次々と現れる怪物と対決をしていく中で、やがて来夢の出生の秘密が明かされていきます。
といっても、主役格の三人(耕平・来夢・北本老人)は基本的に現実的で実際的な人間ですので、作品も過度に暗い雰囲気になることもなく基本的には爽やかな雰囲気が維持されます。
また、田中芳樹さんらしい気の利いた皮肉っぽい台詞まわしが随所に見られ、聴いていて楽しい作品になっています。

大学生と小学生

出演者は主役の耕平役が尾崎右宗さん、ヒロイン?の来夢役が篠原恵美さん。
二人とも自然に演技をされているため見過ごされがちですが、実は本作品、大学生の男性が12歳の少女を連れ回す作品な訳です。
原作が発表されたのは1988年なのですが、昨今の社会状況では大学生が12歳の少女を連れ回すどころか、声をかけるだけでも不自然なシチュエーションに感じてしまいます。
嫌な世の中になったものですが、まさか原作者もこういう形で作品のリアリティがなくなるとは思っても見なかったことでしょう。

永井一郎さんと塩沢兼人さん

また、物語のキーパーソンの北本老人役を演じるのはベテラン声優の永井一郎さん。
アニメ・サザエさんの磯野波平役で有名な方ですが、青春アドベンチャーでは短編集の「不思議屋シリーズ」(不思議屋料理店など)に多数出演されています。
個人的には番組が「アドベンチャーロード」と呼ばれていた頃の作品「幽霊海戦」の高取誠悟艦長役が印象的です。
Wikipediaによれば同業の声優さんの永井さんへの評価は「声を変えずにキャラクターを変える演技力」だそうで、まさに声は同じなのにそれぞれの役がそれぞれ永井さんにぴったりだと思えるのが不思議です。
また、故・塩沢兼人さんが得意の繊細かつ狂気のはらむ演技をされています。
妖精作戦」の平沢探偵のような快活な演技も良いのですが、本作や「マージナル」のような神経質な演技も素晴らしいです。

4作中の2作

それにしても残念なのが、原作の後半2作品がラジオドラマ化されていないこと。
バッテリー」や「一瞬の風になれ」を聴いていても思うのですが、色々と事情はあるにせよ、本作品のような続きモノはなるべく完結して欲しいものです。


【田中芳樹原作・原案の他の作品】

※VHA=ヴィクトリア朝怪奇冒険譚



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