- 作品 : 冬の曳航
- 番組 : FMシアター
- 格付 : A+
- 分類 : 冒険(秘境漂流)
- 初出 : 2017年1月14日
- 回数 : 全1回(50分)
- 作 : 桑原亮子
- 音楽 : 菅野由弘
- 演出 : 真銅健嗣
- 主演 : 山路和弘
鎌倉時代。
熊野の地から、ひとりの僧が浄土に旅立とうとしていた。
浄土といっても比喩ではない。
三十日分の食料とともに、艪や櫂を一切持たない「渡海船」に閉じこめられ、黒潮の流れに乗るのだ。
流された先の南方には極楽浄土があるという。
本当だろうか?わからない。
はっきりわかっているのは生きて帰ることはできないということだけだ。
民衆の願いのため身を捨てることを選んだ、この僧・浄定に対し、民衆は尊崇の念を惜しまない。
しかし、当の浄定には一つだけ心残りがあった。
それは、京の都で薬師になるために修行している捨て子の少年・捨三と言葉を交わしたかったということ。
死に行く自分だからこそ、母を人柱にされた捨三に掛けられる言葉があると考えたのだが…
本作品「冬の曳航」は、脚本家・桑原亮子さんによるオリジナル脚本のラジオドラマです。
桑原さんの作品はすでに「沈黙とオルゴール」を紹介済みであり、近日中には「声命線」も紹介予定です。
この2作品はともに「音」をテーマとしており、感音性難聴という障害を抱えていることを公表されている桑原さんらしい作品なのですが、本作品「冬の曳航」は音とは全く関係ない作品です。
脚本家の思い入れの深いテーマ
実は、このテーマは桑原さんが永年温めていたテーマだそうですので、そういった意味で、上記の2作品と同等に思い入れの深い作品なのだと思います。
なお、本作品は文化庁が主催する平成29年度「文化庁芸術祭」のラジオ部門の優秀賞を受賞されています(ちなみに大賞はドキュメンタリー部門の「1/6の群像」(CBCラジオ))。
普段はこのようなお堅い賞の受賞歴などには見向きもしない当ブログですが、本作品はこのような賞を受賞するにふさわしい格調高い作品だと考え、あえて言及しました。
命を懸けた修行
さて、本作品がテーマにしているのは「補陀落渡海」(ふだらくとかい)。
日本の中世で行われていた「捨身行」(命を犠牲にして行う修行)の一種で、有名な熊野(和歌山)の補陀落渡海は20回実施以上されたのだそうです。
私は読んだことはないのですが、井上靖さんの短編「補陀落渡海記」など、これを取り上げたフィクション作品もいくつもあるようです。
なお、「吾妻鏡」によれば1233年に元武士の「智定房」(武士時代の名前は下河辺六郎行秀)が補陀落渡海したという記録があるそうですので、これがこの作品のモデルなのだと思います。
やはり葛藤はある
さて、基本的に自殺を諫めている仏教で、どのような理屈で「補陀落渡海」や「即身仏」のような修行法が認められているのか、信心深くない私にはいまひとつわからないところなのですが、飢饉や疫病で困窮する庶民を救おうという崇高な心にはやはり感じ入らざるを得ません。
ただ、「にんげんだもの」、必ず葛藤や未練があるはずであり、そこにドラマが生まれます。
本作品の場合、すでに人柱という形で大事な人を失っている捨三が一番大きな葛藤を抱えており、この捨三と浄定とのやりとりが作品の中心となります。
感情移入しきれない
ただ、個人的には浄定が、すっかりあきらめちゃっているというか、達観してしまっていることに少し不満が残りました。
補陀落渡海の経済的な側面(勧進や参拝で地元が潤う)までわかってやっている浄定ではあるのですが、もう少し醜い側面も見られるとより感情移入できたように感じます。
例えば、作中で人柱や補陀落渡海をさせられたのは(形式的には志願という形はとっているけど)、結局は「よそ者」なんですよね。
もちろん、そうせねばならなくなるほど貧しいという現実があってのことだとは思いますが、この地域での「来る者を拒まず」の真の機能を考えると何となく釈然としない思いが残ります(あくまで本作品の舞台である「この地域」です。現実の熊野のことではありません)。
まあ心の汚れた人間の僻みっぽい感傷だとお思い下さい。
何はともあれ、そもそも50分で表現できることには限界もありますし、「死にたいと思っている人間はまだ死んではいけない」というメッセージはよくわかります。
この作品は50分枠のFMシアターとしてよくまとまっている作品だと思います。
山路和弘さんの渋い声
さて、主人公の浄定を演じたのは青年座の舞台俳優・山路和弘さん。
洋画の吹き替えを中心に声優としても盛んに活動されている方です。
洋画の吹き替え対象としてはジェイソン・ステイサム、アニメでの代表的な役は「PSYCHO-PASS」の雑賀譲二でしょうか。
青春アドベンチャーでも「魔岩伝説」(柳生卍兵衛役)や「白狐魔記 天草の霧」(板倉重昌役)など多くの作品に出演されています。
考えてみると本作品を含めて3作品とも過去の日本を舞台にした作品ですね。
本城雄太郎さんの素直な声
また、一方の主役ともいうべき捨三(すてぞう)を演じたのは本城雄太郎さん。
こちらも青春アドベンチャーでは「世界でたったひとりの子」、「5つの贈りもの」、「双子島の秘密」、「あなたがいる場所」など、多くの作品に出演されているお馴染みの俳優さんです。
(補足)
本作品は、当ブログが年末に実施した2017年のリスナー人気投票で第3位の得票を得ました。
本作品のほかに人気だった作品にご関心のある方は別記事をご参照ください。
コメント