カラマーゾフの森 作:岩松了、高橋陽一郎(青春アドベンチャー)

格付:A
  • 作品 : カラマーゾフの森
  • 番組 : 青春アドベンチャー
  • 格付 : A-
  • 分類 : SF(日本)
  • 初出 : 2002年10月7日~10月18日
  • 回数 : 全10回(各回15分)
  • 作  : 岩松了、高橋陽一郎
  • 演出 : 高橋陽一郎
  • 主演 : 草野康太

その森は空から見ると何の変哲もない森だった…
原子力研究所の事故から5年。
放射能汚染により今後50年は人が住むことを禁じられたその森では、ごく少数の人間による不思議なコミュニティーができていた。
森に残った人間。
森に無断で住みついた人間。
トヨタケンジはその森に水質調査にやってきた研究者である。
ヤブシタという案内人とともに、一見、豊かな自然と静謐な雰囲気とが支配する深い森に分け入ったケンジだが、禁止区域に入った途端、一発の銃声が轟いた。


劇作家で俳優でもある岩松了さんと、NHKエンタープライズ所属のテレビドラマ演出家である高橋陽一郎さんの2人による共同名義によるオリジナル脚本のラジオドラマです。

岩松さんと高橋さんの役割

ちなみに、おふたりのうち岩松さんは、ヒロイン・アスカの父親役で出演もされています。
青春アドベンチャーでは、丸尾聡さんの「カラフル」などのように脚本家ご自身が出演される作品もあります。
しかし、大抵は端役でのカメオ出演であり、本作品のような主要な役での出演はレアケースです。
また、もうひと方である高橋さんは本作品の演出家も兼ねています。
同一人物が脚色と演出を兼ねるのも、「ふたり」の吉田浩樹さんや「女たちは泥棒」の安江進さんなど青春アドベンチャー系の番組ではわずかな先例しかない、異例なことです。

原発事故便乗作ではありません

さて、本作品について、どうしても言及しておかなければならないのは、1999年の東海村JCO臨界事故と2011年の福島第一原子力発電所事故との関係です。
本作品に登場する「森」は、「東京からヘリコプターで2時間」という設定になっており、福島や東海村だと近すぎるとも思いますが、原子力事故といえばこの二つを意識せずにはいられません。
この二つの事故のうち、本作品で事故を起こしたのが「原子力研究所」とされていること、そして何より本作品が制作された時期からして、制作側としてはJCOの方を念頭に制作したのだと思います。
しかし、描かれている事故による被害は明らかに福島レベルです。
本作品は2002年に制作された作品であり、2011年の原発事故前の作品ですので、決して原発事故に便乗した作品ではありません。

妙に整合性が取れている

しかし、「警戒区域」ならぬ「禁止区域」という表現や、「30マイクロシーベルト」とされる状況は、2011年以降に聴くと福島を意識して制作したのではないかと錯覚してしまうほどです。
特に、この30マイクロシーベルトという数値、これが1時間当たりの空間線量(線量当量。単位をきちんと把握する重要性は伊東乾さんの指摘するところ)だとすれば、原発事故の約2カ月後(5月2日)の福島第1原子力発電所正門付近の数値である45マイクロシーベルト/時や、帰還困難区域の基準である9.5マイクロシーベルト/時と比較しても、きちんとバランスが取れた数字であり、妙なリアリティがあります。
この「30マイクロシーベルト」に敬意を表して、このブログでは本作品を「SF(日本)」にジャンル区分しました(どのジャンルにも分類しがたいというのが本音ではありますが)。

正確性を欠く部分

ただし、本作品でもリアリティをやや欠く部分もあります。
例えば、水が全ての健康被害の原因になっているかのような表現や、汚染された森から鳥や動物たちが姿を消していくという点。
しかし、作中で「(森には)政治組織も科学も宗教もない」との台詞があるとおり、本作品が提示しているのは、原子力事故の危険性に関する科学的な知見や、政治的なメッセージ、SFで良く扱われる科学と人間とのあり方などではないようですので、科学的な正確さはあまり作品の質には関係ないと思います。

再放送は難しいかも

ただし、政治的な意図はないといっても、上記の表現の正確性の問題に加えて、作中で「子どもは無事に生まれるのか」などの原発事故の被害者に対しては特にセンシティブにならざるを得ない問題も本作品は扱っています。
偶然にも震災の直前に放送された災害ものである「サバイバル」が、その後、一度も再放送されていないことからも、この作品が今後、再放送されることは恐らくないと思います。

ところでテーマは?

さて、それでは、この作品で脚本家が伝えたかったメッセージとは何なのか?
実は、即物的で感受性の摩滅した私としては正直、よくわかりませんでした。
自然と人間の対立を声高に叫ぶエコロジカルな雰囲気もありませんし、人間どおしの関係性をヒューマニスティックに描いている感も受けません。

独特の雰囲気

ただ、BGMを使用せず、水の音や虫の声といった静かな効果音を多用して静謐な雰囲気を作り上げている演出(効果を含む)はとても印象的です。
静謐というと眠気を誘う作品を想像しますが、その静謐な中に、時々、銃声が響く独特のストーリーは、途中で舞台が森を離れたり、主要人物が死んだりと多様な展開をみせることもあり、なかなか飽きさせません。

忘れられない曲

また、先ほどBGMを使用しないと書きましたが、実は本作品には妙に耳に残る「テーマ曲」があります。
それは、岩松了さんが演じるアスカの父親がところどころで歌う劇中歌「カラマーゾフの森の歌」(正式名称不明)です。
「森~は知っているぅ~。森~だけが、す~べ~て~を知~っている~」
本作品を初めて聴いたときは1日中、このフレーズが頭の中でリフレインしていました。
本作品、正直、テーマはさっぱりわかりませんし、ラストが持つ寓意もわかったようなわからないような作品ですが、311後の放射能汚染という現実が身に染みていることもあるからか、不思議と印象深い作品でした。

主演は草野康太さん

さて、本作品の出演については、まず主役のケンジ役を草野康太さんが演じています。
草野さんは「鏡の偽乙女~薄紅雪華文様」や「オーデュボンの祈り」にも主演されていますが、時系列的にみると本作品が青春アドベンチャー初主演です。
本作品はとても静謐な作品であり、淡々と話す草野さんの“普通な”演技が、本作品にとてもマッチしています。
また、本作品のダブルヒロインである「アスカ」と「レイコ」を演じたのは三輪明日美さんと宮村優子さん(追記に注あり)。
このヒロインふたりはともに終盤はやや病んだ展開を迎えます。
鬱展開に覚悟は必要ですが、全体に静謐で平穏な雰囲気に支配された作品ですので、極度にダークは雰囲気になっていないのが救いです。



2021/8/21補足
この「宮村優子」さんですが、以前は「あんたバカァ?」で有名な「新世紀エヴァンゲリオン」のアスカ役でとても有名な人気声優さんであることを前提に記事を書いていました。
これは所属事務所のジャパンアクションエンタープライズの資料に入ったからなのですが、先日確認するとこの記載がなくなっているようです。
そのため、念のため以下の記載を削除しました。
真相がわかったらこの部分の扱いを決めたいと思います。


ただ、「アキバの休日」(FMシアター・2007年)のようなわかりやすい起用ではなく、役柄に併せてとても抑えめに演技をしているため声だけ聴いていると同姓同名の他人かと思うほどです(所属事務所のジャパンアクションエンタープライズの資料に入っているのでご本人なのでしょう)。
青春アドベンチャーでアニメ中心で活躍されている声優さんを使うことはあまり多くないのですが、敢えて起用する場合は、極端に抑えた演技をさせる場合(「二分間の冒険」の桑島法子さんや「ツングース特命隊」の坂本真綾さんなど)と、ほとんどアニメのノリのはっちゃけた演技させる場合(「タイムスリップシリーズ」の田村ゆかりさん、「やけっぱちのマリア」の竹内順子さんなど)に分かれます。
個人的には、後者の起用の方が印象的な出演が多いと感じますが、本作品の宮村さんの演技はなかなか作品の雰囲気にマッチしており芸域の広さを感じます。
なお、エヴァンゲリオンで「アスカ」役を演じたのは宮村さんですが、本作品のメインヒロインである「アスカ」を演じたのは三輪明日美さん。
微妙にわかりづらいですね。


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