大黒屋光大夫 原作:吉村昭(特集オーディオドラマ)

格付:AA
  • 作品 : 大黒屋光太夫
  • 番組 : 特集オーディオドラマ
  • 格付 : AA
  • 分類 : 冒険(秘境漂流)
  • 初出 : 2003年8月23日
  • 回数 : 全1回(110分)
  • 原作 : 吉村昭
  • 脚色 : 綾瀬麦彦
  • 演出 : 保科義久
  • 主演 : 渡辺謙

思えば、信じられないほど遠くへ来たものだ。
伊勢の白子の一介の船頭に過ぎなかった、この大黒屋光太夫が、ロシア帝国の首都ペテルブルグにいるのだ。
船を失い、紀州様から託された大事な船荷の米も失った。
そして、出港時には16人いた部下達も、長い漂流と放浪の果てに次々と死亡し、先日、九右衛門が死亡した今となっては、庄蔵、小市、新蔵、磯吉の僅か4人だけになってしまった。
船頭としての責任を痛切に感じる。
しかし私はここで下を向くわけにはいかない。
日本に帰るのだ。
生き残った全員を連れて日本へ帰るのだ。
そのためには、もうこの国の皇帝に直訴するしかない。
この国で出会えた最良の人物、ラックスマンの助力もある。
女帝エカテリーナ二世と面会して何としても帰国の許可を取り付けるのだ。



吉村昭さん原作の歴史小説をラジオドラマ化した作品です。
FMシアターは、通常土曜日の22時から50分の枠で制作されています。
しかし、本作品は「特集オーディオドラマ」と銘打たれ、枠を拡大し21時から22時50分までの1時間50分の作品として制作されました。

「おろしや國酔夢譚」との比較

本作品と同じ大黒屋光太夫を主人公とするもうひとつのNHK-FMのラジオドラマである「おろしや国酔夢譚」(1987年放送)は、アドベンチャーロードの枠で15分×10回=150分(2時間30分)の帯ドラマとして制作されています。
「おろしや国酔夢譚」と比較して本作品はやや放送時間が短いのですが、帯ドラマは毎回オープニング・エンディングでロスがあるので、純粋な作品時間は大差がない印象を受けました。
このブログではすでに「おろしや国酔夢譚」の紹介をしていますので、それと比較しながら、本作品の紹介をします。
ちなみに「おろしや国酔夢譚」の演出は多くの名作品を残されている川口泰典さんで、「大黒屋光太夫」の演出も長い間、ラジオドラマを手がけられている熟練の保科義久さんです。
両ベテランの演出手法の違いも必聴です。

世界のケン・ワタナベ

さて、「おろしや国酔夢譚」で実在の人物・大黒屋光太夫を演じたのは北大路欣也さんでしたが、本作品で光太夫を演じているのは、「ラストサムライ」や「バットマン ビギンズ」への出演で、今や世界の“ケン・ワタナベ”となった観のある渡辺謙さんです。
強い信念と厚い人情と卓越した行動力を、大きな人物のなかに詰め込んだような大黒屋光太夫を熱演されています。
実際、光太夫は、もともと船頭(せんどう)ではありましたが、沿岸航海のみの千石船の船頭に過ぎません。
その彼が、帰国がほとんど望めない絶望的な状況で、仲間達を引っ張ってユーラシア大陸を横断したのは、並大抵のリーダーシップとは思えません。

偉人と光太夫

そして、最終的には、ロシアの女帝エカテリーナ二世と面会し、しかも彼女の心を動かして帰国にこぎ着けてしまうとは、ほとんで出来すぎとしか思えないほどのストーリーです。
光太夫の帰国が実現したのは、このエカテリーナ二世や、キリル・ラックスマンという世界史に名を残す偉人達の力が大きいのは事実ですが、彼らの心を動かし、行動させてしまったという事実が、光太夫の人間としての大きさを表しているものだと思います。

エカテリーナ二世の心のうち

ところで、エカテリーナと言えば世界史上に残る女傑です。
女性の身で、ロシア生まれではなく、ロシア人ですらないのに、ロシアで皇帝になり、しかも、老練な政治家として名を残したという奇跡のような存在です。
そのエカテリーナ二世の心を動かしたということは、光太夫の魅力もさることながら、ひょっとして光太夫の境遇に、異国で生き続ける自分の姿を重ね合わせていたのかも知れませんね。
ちなみに、北大路さんの光太夫と比較して、渡辺さんの光太夫は、若々しくて感情の起伏がやや激しい印象です。
比較して聴いてみるとなかなか面白いです。

ナレーションは立川三貴さん

さて、本作品は、もちろん光太夫の物語なのですが、彼と共にロシアをさまよう部下の船員達の群像劇でもあります。
「おろしや国酔夢譚」では、光太夫役の北大路さんがナレーターも兼ねており、ナレーションが主として光太夫の心情を説明する役を果たしていました。
その結果、基本的に光太夫視点のストーリーになっています。
これに対して、本作品ではナレーターを別の方(立川三貴さん)が担当されており、日常の細かい状況描写もナレーションがするつくりになっています。

部下たちの群像劇でもある

そのため、光太夫と彼の部下達は基本的に並列の関係で、もちろん光太夫中心ではあるのですが、北村和夫さんや清水紘治さん(三匹のおっさん)など彼の部下を演じた役者さんの存在感も大きくなっています。
その他、部下以外の役も、久米明さん(失われた地平線)、石田太郎さん(有頂天家族)など、ベテランの役者さんが演じており必聴です(括弧内は青春アドベンチャーでの出演作品の一例です)。
渡辺謙さんが華麗に感じられてしまうくらう渋い配役ではありますが。

結末が違う

また、両作品は、全体のストーリー配分が多少、違います。
「おろしや国酔夢譚」ではペテルブルグ以降はストーリーの終盤になるのですが、本作品ではほぼ後半半分がペテルブルグ以降の話になります。
こうなった原因の一つが、作品の結末の違いにあると思います。
というのも、本作品は、結末が「おろしや国酔夢譚」とは異なっているのです。
その原因は、井上靖さんが原作小説「おろしや国酔夢譚」を発表した後に、新たな歴史的事実が判明し、それを吉村昭さんが本作品に取り入れて書かれたためです。

光太夫の末路

両作品の感想としては、先に聴いていたこと、光太夫の心情に深く踏み込んでいること、哀感が漂う結末が印象的なことから、あくまで個人的にですが「おろしや国酔夢譚」の方が一段上の印象です。
しかし、私自身もそうなのですが「おろしや国酔夢譚」における光太夫達の末路に納得いかない方も多いと思います。
そのような方は是非、こちらの「大黒屋光太夫」もお聴き(お読み)下さい。

【保科義久さん演出の他の作品】
紹介作品数が多いため、専用の記事を設けています。
名作、迷作、様々取りそろっています。
こちらを是非、ご覧ください。

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