さよなら、田中さん 原作:鈴木るりか(青春アドベンチャー)

格付:AA
  • 作品 : さよなら、田中さん
  • 番組 : 青春アドベンチャー
  • 格付 : AA
  • 分類 : 少年(幼小)
  • 初出 : 2018年7月2日~7月6日
  • 回数 : 全5回(各回15分)
  • 原作 : 鈴木るりか
  • 脚色 : 中澤香織
  • 音楽 : 堀口純香
  • 演出 : 吉田浩樹
  • 主演 : 鈴木梨央

田中花実は母親とふたり暮らしの小学6年生の女の子。
お母さんは、建設現場の“ガテン系”の仕事で一生懸命に家計を支えてくれているが、食卓に頻繁にモヤシが上がったり、ドリーミングランドに行くために自販機の釣り銭忘れを探し回らないといけないくらいには貧乏だ。
でも、ふたりは明るく楽しく生活している。
本作品は、そんな花実の周りに起こる、ちょっとおかしい、けど、ちょっと心にしみるいくつかの出来事を綴った連作短編である。



本作品「さよなら、田中さん」は、小学館が主催する「12歳の文学賞」の大賞を3年連続で受賞した鈴木るりかさんの初単行本をラジオドラマ化した作品です。

12歳以下限定の文学賞を3年連続受賞?

この「12歳の文学賞」は、締め切り時に満12歳以下の小学生であることを応募資格とした文学賞です。
「この賞を3年連続で受賞ってどういうこと?」と思ったのですが、何と初受賞時は小学4年生だったとのこと。
現在でも中学2年生・14歳ですので、恐らく青春アドベンチャーにおける最年少原作者だと思われます。
恐ろしい話です。

原作との関係

ちなみにこの小学4年時(第8回)の受賞作を改稿したのが、単行本「さよなら、田中さん」に収録されているうちの1編「Dランドは遠い」。
他に、「いつかどこかで」(小学校6年生時の受賞作を改稿)、「花も実もある」、「銀杏拾い」、「さよなら、田中さん」を併せて連作短編集として単行本化されています。
なお、本ラジオドラマの構成は以下のとおりとなっています。
各回のサブタイトルを見ると、原作の各話がラジオドラマの1回に直接対応するわけではなく、全体的に再構成されているようです。
本作品の脚色は「ミラーボール」(FMシアター)で評価の高い中澤香織さんであり、作中に「ドリーミングランド」(=Dランド?)の名前が出てきたりしているので、省略された話も一部再編成されて盛り込まれているのではないかとも感じます。
この辺はいずれ原作を読んで確認したいところです(読んでみました!追記の※1をご覧ください)。

  1. いつかどこかで
  2. 花も実もある(前編)
  3. 花も実もある(後編)
  4. またあう日まで(前編)
  5. またあう日まで(後編)

意外とどぎつい内容

さて、本作品は小学校6年生の女の子の日常を描いた作品です。
そのため「青春」とも「アドベンチャー」とも言いがたい面もあります。
こういった子供の日常を淡々と描いた作品があまり好きではない私としては全く期待していなかったのですが…いいじゃないですか。
そもそも(あからさまではないにしろ)描かれている事象が「犯罪加害者の家族」、「横領」、「保険金殺人」、「いじめ」、「自殺未遂」など意外とどぎつい内容ですし、主人公の母親やクラスメート三上君のお母さんなどあまりにも戯画化されていて少し引いてしまう部分もあります。
ストーリー展開からもいささかあざとさを感じるのですが、淡々と日常を描くのではなく、このような脂っこい題材を使っていることが、作品の良いアクセントになっています。

言葉選びが面白い

そして、それに加えて言葉選びのセンスがいい。
貧乏を「モヤシを絶賛する生活」と表現するなんていいじゃないですか(そこか?)
どうしても中学生(一部は小学生)が書いた文章という色眼鏡で見てしまうため、無意識のうちに「中学生にしてはすごいなあ」と考えてしまうのですが、それを抜きにしてもとても気持ちの良い筆致だと思います。
ただ、私立の中高一貫校に通う、恐らくそれなりの生活水準の家の子がこの作品を書くのか、と考えると微妙な気分になるのも否めません…(そして中学受験の妙にリアルな描写からは鈴木さんが中学受験をどうとらえているのかも気になります…追記※2をご参照ください)。

中澤香織さんの脚色力

さて、そしてそのフレッシュな素材に加え、ラジオドラマになれている中澤さんの脚本がいつもながらいい感じです。
上記のとおりオリジナル脚本であった「ミラーボール」の評価が高く、同様にオリジナルであった「あの人のカナリア」も個人的に結構好きなのですが、「王妃の帰還」、「リテイク・シックスティーン」といった原作小説を中澤さんが脚色した作品も印象がよく、今、NHK-FMに脚本を書いている方の中では有数に安心して聴ける脚本家さんです。
物語の最後、作品タイトルにつながる流れは、原作通りなのか脚色の妙なのかわかりませんが、なかなか見事です。
ちょっと「びりっかすの神さま」を思い出してしまいました。
それにしても中澤さんの脚本作品はどれも現代日本が舞台なのが不思議です。

主演も鈴木さん

さて、主役の田中花実を演じたのは、放送時点で13歳の鈴木梨央さん。
原作者の鈴木るりかさんと同姓で同年代。
鈴木梨央さんのデビューは2012年のテレビドラマ「カエルの王女さま」ですので、早くも芸歴6年と、こちらも早熟。
すでに大河ドラマ(八重の桜)と連続テレビ小説(あさが来た)の両方で、主役の子供時代を演じた経験があるとのこと。
どおりで上手いと思ったら…

100人近いオーディションで選抜

その他の子供たちも100人近いオーディションから選ばれた(公式サイト参照)とのことで、女性声優が演じるのとは又違った意味で上手いです。
藤原寛輔さん(三上君)、長島すみれさん、秋枝一愛さん、斎藤さくらさん、小泉柚奈さん 池田優斗さん、板原慈永さん。
この子役さんたちの中から10年後、有名な俳優・女優・声優になる人が出てくるのかも知れませんね。

青春アドベンチャー400作品

最後に、本作品は1992年に「14歳のエンゲージ」でスタートした青春アドベンチャーの400作品目の作品ということに言及したいと思います。
この400という数字は、①再放送を除く、②他の番組で放送済みの作品(「悲しみの時計少女」、「空色勾玉」など)を除く(ただし再編集された「ドラマ古事記 神代篇」は含む)、③15分の枠で放送された作品に限る(「アルジャーノンに花束を」、「ダーク・ウィザード」、「神々の山嶺」を除く)、という当ブログの独自集計のため、制作側(NHK)がどのように認識しているかはわかりません。
しかし、「14歳のエンゲージ」でスタートした番組の「400番目」の作品の原作者が「14歳」だなんて、ずいぶんよくできた偶然だと思います。
いずれにしろ400作品という事実が、歴代のスタッフが約26年をかけて達成した偉大な記録であることは確かだと思います。


■中澤香織さん関連作■
日常的な舞台でもチクチクするセリフが魅力的。
中澤香織さんの脚本、脚色作品の一覧はこちらです。




(※1)2019年5月11日注記
原作小説「さよなら、田中さん」を読みました。
総じての感想は「ラジオドラマ版の良さの根本は原作の良さ。そしてそれを邪魔していない脚本もお見事。」です。

まず、ラジオドラマ各回と原作各話との対応関係は以下のとおりです。

  • ラジオ第1回「いつかどこかで」=小説第1話「いつかどこかで」
  • ラジオ第2・3回「花も実もある」=小説第2話「花も実もある」
  • ラジオ第4・5回「またあう日まで」=小説第5話「さよなら、田中さん」

小説第3話の「Dランドは遠い」と第4話「銀杏拾い」はともに20頁に満たない小編なのですが、このうち「Dランドは遠い」はラジオ第4回の一部に組み込まれています。
「銀杏拾い」はラジオドラマでは省略されていますが、それ以外は基本的なストーリーの流れも作品全体の雰囲気もほぼ原作どおり。
本文で書いた「もやしを絶賛する生活」はどうも中澤さんオリジナルのフレーズのようですが、「私は、多分、いま日本で一番お金のことを考えている小学生だ。」なんてセリフもキャッチーでほほえましいじゃないですが。
全般的に世の中を見る視点がローティーンとは思えないほどしっかりしており、しかも文体に癖がなく読みやすい(ことわざの引用が多いのはご愛敬)。
最近、第2作も出版されたみたいなのでそっちも読んでみようかなと思わせる気持ちの良い作品でした。

一方、中澤さんの脚本も相変わらず見事で、例えば原作小説は基本的に花実の一人称で進むのですが、第5話の「さよなら、田中さん」だけは最初から最後まで友人の三上君の一人称です。
しかし、これに対応するラジオドラマ版第4・5回「またあう日まで」は冒頭は花実の一人称でスタートし、実に自然に三上君の一人称にチェンジ。
その後は三上君の一人称を中心にしつつも、随時視点が花実に切り替わりながら進行していきます。
正直、原作は急に三上君視点に変わるため違和感がなくもなかったのですが、ラジオドラマ版では目先が変わることによる新鮮味を維持しつつ連続5回の作品として第4回・第5回があまり浮かない形に落ち着いています。
中澤さん、「ミラーボール」などオリジナルも面白いのですが、原作付き作品における自分を出し過ぎない形での貢献もさすがです。
今までの作品はリアルな作品が多いのですが、「あのひとのカナリア」などを聴いていると浮世離れした作品も行けそうな気がします。
いつか青春アドベンチャーのオリジナル長編を書いて頂きたいものです。

ところで、この注記を書くにあたり原作小説を読了した後で、改めてラジオドラマ版も聞いてみました。
またしてもランニング中に再聴したのですが、例によって変なホルモンが出て妄想力が上昇していたのか、思わせぶりに提示されていながらストーリー全部が終わっても真相が明らかにされていないことが多いことに気が付きました。

例えば、花実の父親の正体(?)や母・真千子の過去。
例えば、風間さんの真意。

作品は綺麗に完結しているので、これらが明かされるような続編が出ることはないでしょう(追記※3をご参照ください)。
気になるといえば気になるのですが、本作品はそもそもサスペンスではありませんし、普通に聞いていてそんなことは特に気にならなかった良い作品です。
ただ、第3回のラスト付近にあった母・真千子のラジオドラマオリジナルのセリフ「逃げる生活も辛いし。」などを聴いていると脚本の中澤さんはご自分なりに考えた真千子の過去の設定を念頭に脚本を書かれたのかもしれないとは思いました。
そういえばこの辺のセリフにより真千子は原作よりだいぶ優しさが強調されているように感じます。
また、終盤の三上君との消しゴムと鉛筆のやり取りなどを聴いていると、花実も幾分原作より大人っぽく、考え深い性格に造形されているように感じます。
まあ実際に演じている鈴木梨央さんが中学生だからという面もあるのでしょうが、「花ちゃん、ええ子や(涙)」と言いたくなってしまいました。

(※2)2022年7月31日追加
AERAdot.で鈴木るりかさんが中学受験について話している記事を見つけました。

現役女子高生小説家が描く「中学受験に失敗した子」、鈴木るりかインタビュー」(外部サイト)

中学受験に対して、否定的な気持ちがあるわけではありません。目標に向かって物事に取り組むということは、中学受験もスポーツも音楽も同じで、その努力は等しく称賛されるべきだと思います。ただ、全ての人が望みどおりの結果にはならない。負けたり失敗したりしたあと、どう生きていくかが大切だと思う。だから、小説ではその先を描きたかったんです

とのこと。
もともとはAERA MOOK「偏差値だけに頼らない 中高一貫校選び2022」(朝日新聞出版)の内容がベースのようです。
詳しくは上記のリンク先及び書籍をご確認ください。

(※3)2022年8月12日追加
中学生になった田中花実が登場する鈴木るりかさんの第3作「太陽はひとりぼっち」を読みました。
アパートの大家の息子・賢人が引きこもりになった経緯を描いた「太陽はひとりぼっち」、小学生時代とは違った意味でちょっと心配な三上君の中学校生活を描いた「神様ヘルプ」、オカルト好きの元担任・木戸先生の衝撃の過去?を描いた「オーマイブラザー」の3編。
このうち「太陽はひとりぼっち」と「神様ヘルプ」が中編、「オーマイブラザー」は30頁程度の短編です。
素直な性格そのままに強く育っている花実を見ることができてとても嬉しいのですが、それ以上に前作で解き明かされていなかった田中家の秘密(の一端)や、一番気になる三上君のその後が描かれており、これらが気になった人は手に取ってみる価値があると思います。
相変わらずとてもうまくて読みやすいです。
なお、第4作「私を月に連れてって」も田中花実が主人公の作品。
折角、魅力的な親友・小原佐知子も登場しましたし、このまま「花実サーガ」がどこまで続くのか楽しみです。
それにしても読んでいて感じたのは、花実のセリフが田中梨央さんの声で再生されてしまうこと。
私がこのシリーズに青春アドベンチャーから入ったという事情はあるにしても、花実の人物造形に立体感が加わったのは鈴木梨央さんの声と演技の影響が多いのだなと改めて感じました。


コメント

  1. jam jam より:

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    私は、小説を読んだ後(再)放送を聴きました。原作の良さが放送のデキにつながっていると私も思いました。おそらく原作者は小説の主人公と違って経済的に恵まれていて家族関係もうまくいっている、知的水準も高い、ただいわゆる意識高い系、上から目線ではない、人の醜さから目を背けないが人の可能性は信じている、それがさわやかな読後感につながっているのかなと感じます。小説で違和感のある部分は脚本で微修正されていて、5話という短い尺に小説のエッセンスが結晶化されています。最近の社会派系の作品はそのスジの人たちに受けはするがそれ以上の広がりがなかったりしますが、この作品は多くの人たちに受け入れられるのではないでしょうか。

  2. Hirokazu より:

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    jam jamaさま

    コメントありがとうございます。
    私も同意見です。
    ひねた大人である私としては、ユル受験で私立の中高一貫校に通っている恵まれた少女がこの物語を描いているというだけで釈然としない気持ちになってしまうのですが、確かに読んでいて(聴いていて)、貧困や母子家庭、教育虐待といったネタ弄んでいるような不快な感じは受けませんでした。
    原作者の鈴木るりかさんは「ストーリーはいつも勝手に湧き上がってきます」と言っているので、物語に嫌味がないのは彼女の性格を反映しているからなのでしょうね。
    今の感受性がまっすぐに伸びていくといいなあと思います。

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