- 作品 : ハプスブルクの宝剣
- 番組 : 青春アドベンチャー
- 格付 : AAA-
- 分類 : 歴史時代(海外)
- 初出 : 2020年3月9日~4月3日
- 回数 : 全20回(各回15分)
- 原作 : 藤本ひとみ
- 脚色 : 並木陽
- 音楽 : 日高哲英
- 演出 : 藤井靖
- 主演 : 中川晃教
1732年6月、フランクフルトのユダヤ人居住区。
医者となってパドヴァの大学から帰郷したエリヤーフーを待っていたのは、壁の中に閉じこもる同胞・ユダヤ人からの非難の視線だった。
非ユダヤ人との融和を願って翻訳したドイツ語訳の律法(ユダヤ教の聖典)がラビの逆鱗に触れたのだ。
そして壁の外でも世界は彼を追いつめる。
名家の娘アーデルハイトと恋に落ちたエリヤーフーはその代償として左目と命を失うことになる。
そう、ユダヤ人・エリヤーフー・ロートシルトは死んだ。
神聖ローマ帝国の継承者マリア・テレジアが出会った男は、ユダヤ人の医者ではなく、エドゥアルト・アンドレアス・フォン・オーソヴィルという片目の伯爵。
彼女の夫であるロートリンゲン公フランツの家臣。
30年ぶりの藤本ひとみ作品
藤本ひとみさんの小説が青春アドベンチャーで取りあげられるのは、1992年の「王女アストライア」、1993年の「ブルボンの封印」に次いで3作品目。
青春アドベンチャーで3作品も取り上げられる作家さんは結構レアなのですが、それにしても約30年ぶりってすごいですよね。
とはいえ、本作品の2作品前に放送された「鷲は舞い降りた」のジャック・ヒギンズに至っては1989年の「暗殺のソロ」(当時の番組名は「アドベンチャーロード」)以来ですので、最近、スタッフが温故知新にいそしんでいるようにも見えます。
ドイツ歴史ものの存在感
ただ、本作品の場合、単に昔の作品を掘り起こしたというより、最近、藤井靖さん(演出)や並木陽さん(脚色)が積極的に選んでいる「ドイツ語圏の中世もの」の流れ、すなわち「帝冠の恋」(19世紀・オーストリア)、「暁のハルモニア」(17世紀・ドイツ)に連なる作品と言った方が良いのかも知れません。
昔、青春アドベンチャーで西洋歴史ものといえばフランス物が定番でした。
一方、近現代が舞台の作品では以前からドイツものの存在感も大きかったのですが、藤井さん・並木さんが関与がしているここしばらくの間は歴史ものもドイツ系の存在感が大きくなりそうです。
並木陽さん3冠達成
そうそう並木陽さんといえば本作品の脚色をした並木さんは、「斜陽の国のルスダン」で原作提供(脚色は別の方)、「暁のハルモニア」と「紺碧のアルカディア」(後日制作された「悠久のアンダルス」も)でオリジナル脚本提供、そして本作品で他の小説家さんの作品の脚色と、3つの形態で青春アドベンチャーに関わることになりました。
NHK-FMの帯ドラマでこの”3冠”?の達成は、恐らく藤井青銅さん以来の快挙だと思います。
意外と恋愛劇
さて、話が肝心の「ハプスブルクの宝剣」から離れてしまいました。
早速、作品のナカミの話に移りたいと思います。
実はこの「ハプスブルクの宝剣」の原作の刊行は1995年。
2010年には宝塚歌劇団によって舞台化されています。
宝塚で舞台化されたことからもわかるとおり、設定も展開もかなりロマンチック。
片目を失った陰のある美青年が主人公という時点でアレですが、「ブルボンの封印」と違って主人公が男性な分、ロマンスは控えめなのかと思いきや、さにあらず。
最初の第1週だけでもヒロインになってもおかしくなさそうな女性が三人、-義妹のドロテーア(演:今泉舞さん)、父の勤め先の令嬢アーデルハイト(演:伶美うららさん)、そしてハプスブルク家の令嬢テレーゼ(演:野々すみ花さん)- も登場。
惚れっぽすぎるぞ、エリヤーフー。
権力闘争や陰謀劇もあるけど…
主軸は一応は権力闘争、陰謀劇であり、後に事実上のハプスブルク家当主となるフランツ・シュテファン(演:田代万里生さん)や、同じく後に新興国プロイセンの王となるフリードリヒ(演:加藤和樹さん)、そして故国フランスを離れ他国で職業軍人として名をはせたプリンツ・オイゲン(演:磯部勉さん)など男性陣も魅力的ではあります。
特に1980年代、1990年代に「さらばアフリカの女王」や「マドモアゼル・モーツァルト」で存在感のあった磯部勉さんが男臭く熱演されているのが嬉しいところではあるのですが、やはりどうしても恋愛成分が多めなのが気になるところ。
また、恋愛成分だけではなく、家族愛とか嫉妬とか差別感情とかいった個人レベルのぐちゃぐちゃした感情が物語(=歴史)を突き動かす原動力になっているのが、正直、少し鬱陶しい。
歴史ものはもっと堂々としたものであって欲しい、というのは個人的な感想です。
ギリギリ腐女子でなくてもOK
ただ、聴き終わった後の視聴後感はあまり悪くない。
というか結構、堪能してしまったというのが正直な感想。
その最大の原因は後で記載する中川晃教さんの演技なのですが、もうひとつだけあげるとするなら主人公の親友フランツ・シュテファンのキャラクター造形も外せない。
神聖ローマ帝国皇帝なのに爽やかすぎるよフランツ、そしていいヤツ過ぎるよ、フランツ。
彼の友情が報われてホントに良かったと思いました。
実はこの辺も作り方次第では、相当に腐女子向けになりかねない要素なのですが、本作品はギリギリ普通の人でもOKな線にとどまっている。
本作品の絶妙なバランスはこの辺に顕著に表れています。
中川晃教さんの熱演は外せない
さて、主人公のエリヤーフー/エドゥアルトを演じたのは歌手・ミュージカル俳優の中川晃教さん。
青春アドベンチャー初出演は恐らく「髑髏城の花嫁」。
正直パッとしない印象が強い「ヴィクトリア朝怪奇冒険譚」の中では数少ない記憶に残る演技で、演技で原作の質を超えられる人もいるのだなあと感じたことを覚えています。
その後、「1492年のマリア」や「また、桜の国で」でも好演。
FMシアターの「夜市」も良作でした。
今、鬱屈した美青年をやらせたら、青春アドベンチャーでも一、二を争う方だと思っています。
「座長」としてこの大長編を支えた中川さんの繊細な演技なくして本作品は語れません。
野々すみ花さんも好演
また、ヒロインのテレーゼ(というかむしろマリア・テレジアといったほうが一般的か)を演じた野々すみ花さんも「帝冠の恋」や「カーミラ」の好演が印象的。
「帝冠の恋」で演じたゾフィーはマリア・テレジアに憧れているという設定であり、このキャスティングは演出の藤井靖さんの意図的なもののようです。
このお二人がメインキャストというだけでも聞く価値はあるといってよいでしょう。
なお、お約束ですが、お二人以外にもミュージカル俳優さんが多数出演されていますが、例によって誰も歌いません!
全20回の大長編
さて、本作品の各話のタイトルは以下のとおり。
- 反逆者の烙印
- 橋の上の二人
- 決別
- ウィーンの魔物
- 将軍オイゲンの密命
- その男フリードリヒ
- 死闘の果て
- 裏切りの代償
- テレーゼの涙
- 迫りくる危機
- 契約
- ハンガリーの熱い風
- 罪と罰のプラハ
- プロイセンの脅威
- 決戦
- 弔いの鐘
- 炎の中の希望
- 真実
- ダビデの星
- 再生
20話だが長さを感じさせない
長い!
そう、本作品は全20話と青春アドベンチャーでは異例な長期作品です。
再放送(夢巻)を挟んだ、ひとつ前の新作「イレーナの帰還」も20話物だったのですが、新作として20話物が連続するのは青春アドベンチャー四半世紀の歴史で初めてのこと(1年間で2作品制作された例としては1999年の「海賊モア船長の遍歴」と「封神演義 第2部 朝廷軍の逆襲」がある)。
20話もあると「外れ」だとかなり辛い日々が続くことになります。
しかし、個人的にはエンディングがあっさりしすぎていたのが少し寂しかったのですが、全般に長さを感じませんでした。
結末ついてもあれが嫌という訳ではないのですよ。
いやもう、結末としてはあれしかないくらいだと思います。
ただ、これだけの長編ですので、1話の半分くらい使って第三者から見たエピローグ的なものがあると、なお余韻があったのでないかと思いました。
藤井時代の集大成?
さて、最後にこの作品を演出された藤井靖さんに言及しておく必要があるように思います。
現在、番組のプロデューサーを兼ねている藤井さんの演出作品の共通点はミュージカル俳優の多用。
本作品もその例にもれません。
そして、並木陽さんの脚本起用、日高哲英さんの音楽、宗教を織り交ぜたテーマ、中世ドイツ圏という舞台設定、そして20話という長さを考えると、本作品は藤井作品の一つの集大成と言ってよい作品だったように思います。
【並木陽原作・脚本・脚色作品一覧】
中世ヨーロッパを舞台とした多くの作品を提供された並木陽さんの関連作品の一覧はこちらです。
【2020年リスナーアンケート第1位】
本作品は、当ブログが実施した2020年リスナーアンケートの得票数1位に輝きました。
詳しくは別記事をご参照ください。
【30周年記念全作品アンケート】
2022年に当ブログが独自に実施した、青春アドベンチャー30周年記念・全466作品アンケートにおいて、本作品が16票を獲得して3位となりました。
リスナーの感想等の詳細はこちらをご覧ください。
また、同アンケートの出演者編で本作品に出演している中川晃教さんが8票を獲得して5位、加藤和樹さんが5票を獲得して8位になりました。
詳細はこちらをご覧ください。
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