- 作品 : ブラジルから来た少年
- 番組 : 青春アドベンチャー
- 格付 : AAA
- 分類 : サスペンス
- 初出 : 1996年5月20日~5月31日
- 回数 : 全10回(各回15分)
- 原作 : アイラ・レヴィン
- 脚色 : 高橋いさを
- 演出 : 川口泰典
- 主演 : 吉田鋼太郎
1974年9月、ウィーンを拠点にナチスの戦犯を追っているユダヤ人・リーベルマンは、ブラジルに潜伏しているヨーゼフ・メンゲレの居場所を見つけたという情報を得る。
ヨーゼフ・メンゲレ。
ナチスの人種理論の強烈な信奉者で、アウシュビッツ強制収容所で多くの人体事件を繰り返し「白い悪魔」と呼ばれた男。
もしも逮捕できれば大きな成果だが、その類の胡散臭い情報が入ることはよくあることで、すぐには信じられない。
しかも情報提供者によれば彼は「ヨーロッパとアメリカの各地で暮らしている96人の65歳の男性」を殺害する計画を立てているという。
俄には信じがたい話であったが、その情報が突如、信憑性を増す事態が発生する。
情報提供者が、リーベルマンと電話で話している最中に何事かのトラブルに巻き込まれ、そのまま消息を絶ってしまったのだ。
何かが始まろうとしている。
リーベルマンは事件の全容を把握するために動き始める。
アイラ・レヴィン(アメリカ)が1976年に発表した小説を原作とするラジオドラマです。
作品中の舞台は1970年代半ばですので、まさに原作小説発表当時の時代を描いたリアルタイムな作品でした。
ちなみに実在の人物であるヨーゼフ・メンゲレが潜伏先のブラジルで死去したのは1979年です。
そのためメンゲレはこの原作小説やこれを元にした映画(1978年公開。出演は何とグレゴリー・ペックやローレンス・オリビエ!)を見ることができた可能性があります。
メンゲレがこれらの作品を見たのか、見たとしてどんな感想を持ったのか興味深いところです。
世界は変わったか?
さて、時系列的な事実関係をさらに書きますと、原作小説の舞台は上記のとおり第二次世界大戦終結の約30年後の世界なのですが、この青春アドベンチャーでラジオドラマが放送されたのはその約20年後の1996年(終戦から約50年後)です。
そして、この記事を書いているのはさらにそれから17年を経過した2013年。
この間、戦争の記憶は一層薄れ、社会も大きく変容しました。
実在したナチハンターでリーベルマンのモデルともいわれるサイモン・ヴィーゼンタールも2005年に他界しています。
しかし、かといってナチスが絡んだストーリーが遠い昔の物語として語られる時代が来たのかというとそうでもない気がします。
確かに技術は進歩した
作中でリーベルマンはナチスが復活する条件として、ヒットラーのような強力な指導者が現れるだけでは不十分で、社会が1930年代のドイツのような貧しい状況になることや、民衆がそれを受け入れる土壌を持つことを挙げています。
そして「テレビができてから情報の伝わり方は当時とは大分違う」といってそのような事態はそうそう訪れないと言います。
確かに、ファシズムの台頭を許してしまったという人類全体の苦い反省と、戦後の豊かな社会、インターネットなど情報入手手段の多様化、安易なプロパガンダを受け入れない市民の成熟など、ナチスが復活しないための環境はある程度整っているようにもみえます。
しかし現実にはどうでしょうか。
日本でも高等教育を受けた若者達があっさりと「洗脳」され、毒ガスを地下鉄に撒くなどというナチス顔負けのテロ行為が平然と行われてしまいました。
人の進歩が追いつかない
リーベルマンの希望とは裏腹に技術の進歩と同じほどには、人間の情報を扱う能力は進歩していないのかも知れません。
情報の真偽を見抜くという、ある種の技術は現代を生きる人間に取って必須の技術なのかも知れません。
ちなみにオウムと洗脳について考えるのにあたって一般向けの本としてお勧めなのが伊東乾さんの「さよなら、サイレント・ネイビー ― 地下鉄に乗った同級生」。
東大の物理出身の音楽家という特殊な経歴の持ち主である伊東さんですが、「さよなら、サイレントネイビー」は大学時代の同級生がオウム事件の被告になるという衝撃的な体験を綴ったノンフィクションです。
アマゾンのカスタマーレビューの評価が綺麗にばらけており、賛否要論、というか今の日本の風潮では考え方が受け入れられづらい論客だと思います。
私は日経ビジネスオンラインの「常識の源流訪問」(外部リンク)のノーベル賞関連の記事(後に「日本にノーベル賞が来る理由」として書籍化)で伊東さんのことを知りました。
音楽家というバックボーンを活用して、音楽・音声の人間心理への影響などを研究しており、一般向けにも「サウンド・コントロール 「声」の支配を断ち切って」という本を書いています。
個人的には文章に少しスノッブな雰囲気を感じるのが気になるのですが、書いている内容は私はとても好きですし、東大にもこのような反骨的な人物がいるのだと考えると楽しくなります。
大人しいサスペンス
さて、相当脱線してしまってすみません。
実は、今回紹介している「ブラジルから来た少年」はサスペンス調の作品で、ある種の謎解きがストーリーの中心をなしており、あまり内容を書くと面白くなくなってしまうので、意図的に脱線した部分もあります。
作品全体の流れはリーベルマンやその協力者のクラウス・パルメンが「96人の65歳」の謎を追ってヨーロッパやアメリカの各地を訪ねることにより進行していきます。
終盤まで、これといったアクションシーンもないのですが、謎が徐々に解き明かされていく過程は十分にスリリングです。
重厚な演技や落ち着いた音楽もこれに深みを増しています。
終盤以外はFMシアター(もうひとつのNHK-FMのラジオドラマのレギュラー枠)で放送しても良いような落ち着いた展開ですが、一話進むごとに少しずつ謎が解き明かされていくという面では15分ずつ毎日放送される青春アドベンチャーにあっている作品だと思いました。
リーベルマンやメンゲレといった主要登場人部が老人ばかりなので、全然「青春」ではないんですけどね。
SF的でもある
また、作品の背景には、ある種、「ジュラシック・パーク」とも共通するSF的な要素もあるのですが、遺伝だけでなく・・・(この先もちょっと書いていたのですが自主規制で中略)・・・が作品にリアリティを与えていると思います。
!いかん、ネタバレすれすれなので、ここまでにします。
是非、予備知識なしの状態で聴いて頂きたいものです。
まあ、作品タイトル自体がネタバレっぽい要素を含んでいるのですが。
他にもあります、ネオナチもの
なお、本作品はナチス、というかネオナチを扱った作品です。
日本の作家の作品ですが、アドベンチャーロード時代の「魔弾の射手」(赤羽尭さん原作)や「黄昏のベルリン」(連城三紀彦さん原作)もネオナチがらみの作品だった記憶があります。
特に後者は「ブラジルから来た少年」と共通する、ある要素があったような気が…
機会があればこちらもどうぞ。
最近人気の吉田鋼太郎さん主演
出演は主役のリーベルマン役が俳優・演出家の吉田鋼太郎さん。
蜷川幸雄演出作品の常連俳優さんで、舞台では海外の古典を多く演じています。
青春アドベンチャーでは「平成トム・ソーヤー」などにも出演されています。
とても渋くて格好いい声の持ち主なのですが、本作出演時は37歳でありながら、「平成トム・ソーヤー」では高校生役を、本作では60歳を超えるリーベルマンの役を見事に演じているのは驚きです。
また、大学生でリーベルマンの講演を聴いて協力者となるクラウス・パルメンは武岡淳一さんが演じています。
青春アドベンチャーには脇役を中心に何作も出演されているようです(既に紹介済みの作品では「エデン2185」)。
海津さんの悪役
そして、敵方の黒幕ヨーゼフ・メンゲレを演じているのは青春アドベンチャー初期を代表する常連出演者のひとりである海津義孝さん。
海津さんは「ジュラシック・パーク」のグラント、「カルパチア綺想曲」のジェラード・アッテンボローなど、主役側の人間を演じることが多いのですが、本作では「死の天使」(本作中では「白い悪魔」)の異名でナチスの戦犯の中でも特に悪名高いメンゲレを、とても重厚に、かつ気持ち悪く?演じていらっしゃいます。
そういえば「ジュラシック・パーク」のナレーションも不安感を煽るような声でした。
意外と悪役があっているのかも知れません。
川口さんの代表作のひとつ
スタッフは、演出が青春アドベンチャーで数々のエキサイティングな作品を担当されている川口泰典さん。
脚色が劇団ショーマ主宰の劇作家・演出家の高橋いさをさん。
高橋さんが青春アドベンチャーで脚本を担当されたのは恐らく「リプレイ」(1995年)、「盗まれた街」(1995年)と本作品の3作だけだと思います(漏れがあればご指摘を)。
ただし、劇団ショーマ所属の役者さんは川原和久さん、山本満太さん、加藤忠可さんなど、青春アドベンチャーにバイプレイヤーとして多数出演されており(「北壁の死闘」にはこの三方が揃って出演)、劇団ショーマとそれなりにつながりがあることが窺えます。
【川口泰典演出の他の作品】
紹介作品数が多いため、専用の記事を設けています。
こちらをご覧ください。
傑作がたくさんありますよ。
追記:
この「ブラジルから来た少年」がなんと初放送から21年後の2017年に再放送されました。
いまやTVでもおなじみになった吉田鋼太郎さんの若かりし日の演技が聴けてなかなか感慨深い再放送でした
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