- 作品 : 影をなくした男
- 番組 : 青春アドベンチャー
- 格付 : A
- 分類 : 幻想(その他)
- 初出 : 2024年2月5日~2月9日
- 回数 : 全5回(各回15分)
- 原作 : シャミッソー
- 脚色 : 鈴木アツト
- 音楽 : 関向弥生
- 演出 : 藤井靖
- 主演 : 中川晃教
家庭教師の職を求めてやってきたブルジョアのパーティの席で、ペーター・シュレミールは灰色の服を着た奇妙な男に出会った。
彼はポケットから絆創膏や望遠鏡、テントや馬まで取り出したのだが、不思議なことにまわりの人達は誰もそのことに気が付かない。
そして男はなぜかシュレミールに話しかけてきた。彼は言う。
「あなたの影に見惚れてしまったのです。それはそれは美しい影でしたから。その影をお譲り頂くわけにはいかないでしょうか。もちろん、ただで、とは申しません…」
本作品「影をなくした男」は18~19世紀のドイツの作家(出身はフランス)アーデルベルト・フォン・シャミッソーの古典小説を原作とするオーディオドラマです。
原題(Peter Schlemihls wundersame Geschichte)に忠実な訳としては「ペーター・シュレミールの不思議な物語」なのでしょうが、日本では「シュレミール綺譚」、「影を売った男」などと訳されてきて、本作の原作となった最新の池内紀さん訳岩波文庫版で「影をなくした男」となりました。
シュレミール?
ところで、青春アドベンチャーファンで「シュレミール」といえば斉藤洋さん原作の「シュレミールと小さな潜水艦」(2013年)。
てっきり斉藤さんが本作の影響を受けてシュレミールの名を拝借したのではないかと思ったのですが、「シュレミールとは東欧系ユダヤ人の共通語、イディッシュで「ドジな男」の意で民話や小話によく登場する」(獨協大学島田啓一教授、外部リンク)とのことなので、直接の関係はないようです。
影をなくすこと
さて本作品は不用意にも影を売ってしまったことによりシュレミールが巻き込まれる騒動の顛末とその後の彼の人生を描いた童話です(正確には友人の子供のために作ったおとぎ話を原形にした小説)。
シュレミールは灰色の服の男と取引することにより無限に金貨を取り出せる「幸運の金袋」を得ます。
この取引でシュレミールが失うのは「影」のみ。
魂を奪われるとか、代わりになにか他の大事なもの世の中から消える(世界から猫が消えたなら)とか、記憶がなくなる(ネオ・ファウスト)とか、そういった直接的な実害が(一応)ありません。
しかしシュレミールが考えたのとは違う方向で人生は変わっていきます。
作品の魅力
わたしはこの物語を「一見なくなっても実害はなさそうだが、本当はなくなってはいけないものを考える物語」だと感じたのですが、そもそもそういう作品なのか自体異論があるかも知れません。
また仮にそうだとしてもそれが何を暗示しているのかは各人が考えればよいということが作品の魅力だと思いますので、作品紹介はこの辺にしてあとは皆さんの思索にお任せしましょう。
ただ1点だけ。この手の話しは後味が悪い終わり方をすることが多いのですが、本作品はそうでもありません。
これがこのストーリーの魅力の一つだと思います。
中川晃教と谷田歩さん
さて本作品で主人公のシュレミールを演じたのが歌手、俳優の中川晃教さん。
「ハプスブルクの宝剣」、「また、桜の国で」、「夜市」など中川さんの出演作品に外れはなく、実は全466作品アンケートの出演者部門で私自身の票のうち1票は中川さんに入れています。
舞台ぽい雰囲気の漂う本作品は舞台役者でもある中川さんにぴったりではあるのですが、本作品は古典作品が原作であり、展開はファンタジックではあるものの良くも悪くも文芸作品としてのスノッブな約束事の枠の範囲内で展開されます。
そのため、繊細でありながら激情があふれ出るような既存の作品ほどの魅力を感じなかったのは少し残念でした。
またいつか外連味たっぷりの作品で中川さんの演技を聴きたいところです。
その他では「ふざけているという風に捉えられない様に微妙なニュアンス」(公式ホームページより。外部リンク)で過剰な演技とのギリギリを線を狙った谷田歩さんの「灰色の服の男」の縁が印象的でした。
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