海の綺士団 -Umi no kishidan- 原作:戸川視友(青春アドベンチャー)

格付:A
  • 作品 : 海の綺士団 -Umi no kishidan-
  • 番組 : 青春アドベンチャー
  • 格付 : A+
  • 分類 : 歴史時代(海外)
  • 初出 : 2025年4月7日~4月25日
  • 回数 : 全15回(各回15分)
  • 原作 : 戸川視友
  • 脚色 : 並木陽
  • 音楽 : 関向弥生
  • 演出 : 藤井靖
  • 主演 : 柚香光

イタリア半島とアフリカ大陸の中間、地中海に浮かぶ島・マルタ。
16世紀、その島は聖ヨハネ騎士団が支配する独立国家だった。
しかし、世はオスマントルコ帝国の最盛期。
キリスト世界の最前線たるマルタ島は、すなわちオスマントルコの次の侵略先ということでもある。
この緊迫したマルタ島にひとりの新たな騎士が着任する。
騎士の名はアシェル。
このフランスはアヴィニョン出身の18歳の若者が騎士団にとって特別に存在になることを予期しているものはまだ少ない。


本オーディオドラマ「海の綺士団」は戸川視友さんの漫画を原作とするオーディオドラマで、2025年4月にNHK-FMの青春アドベンチャーで放送されました。

聖ヨハネ騎士団とは

舞台となっているのは16世紀の地中海、そして聖ヨハネ騎士団です。
聖ヨハネ騎士団の正式名称は「エルサレム、ロードス及びマルタにおける聖ヨハネ主権軍事病院騎士修道会」。
12世紀の十字軍運動の流れの中で発生した宗教騎士団のひとつで、もともとはエルサレムでキリスト教徒の巡礼者向けの医療提供を行う修道会でしたが徐々に軍事化。
イスラム勢力により中東を追い出されて以降は、最初はギリシャのロードス島、次にマルタ島に領地をもち、イスラム教徒との戦いを継続しました(組織としては今も存続しています)。
関連するフィクション作品としては日本では塩野七生さんの小説「ロードス島攻防記」が最も有名ではないでしょうか。
ちなみに「ロードス島攻防記」の主役のひとり騎士ラ・ヴァレッテが本作品では後年の騎士団長として登場しています。

歴史ものの少女漫画が原作

という訳で舞台の紹介を終わったので早速ストーリーの紹介に移りたいところですが、ストーリーの大きな流れはここまでの紹介で大方予想できるとおりです。
つまりアシェルが騎士団に入団して、最初は騎士団内で色々と揉め事が起こるものの、結局無事に仲間として迎えられる。
そしてその後は敵方のオスマントルコの要人と色々トラぶりながらもお互いを認め合う中になる。
もちろん結末は1565年のマルタ包囲戦です。
少女漫画なのでその過程で恋愛要素ももちろん絡みます(という後半は主にその要因でストーリーが動く)。

少女漫画ぽさ

この辺、原作漫画ではかなり少女漫画ぽい描かれ方です(まあ少女漫画なので当たり前ではありますが)。
具体的には冒頭のアシェルが聖ヨハネ騎士団に入ったあたりのわちゃわちゃした描写が、例えるなら「男子校になぜか女子が一人入学してきた」という設定の少女漫画のよう。マラソン大会とかやってしまうあたりが特にそう感じられ、正直少し引き気味に読んだのを覚えています。
個人的に同じ西洋歴史ものの少女漫画でも篠原千絵さんの「天は赤い河のほとり」とか「夢の雫、黄金の鳥籠」は大丈夫だったんですけどね。不思議なものです。
(そういえば「夢の雫、黄金の鳥籠」では幼女だったミフリマー王女が本作では成年女性として登場しますよ。)

省略が功を奏している

しかし本オーディオドラマでは不思議とそういう感じはあまり受けなかったのです。
これは例のマラソン大会のエピソードなど省略されていること、アシェルが原作より大人っぽく表現されていることが原因ではないか思いました。
まずエピソードの省略については、正直原作漫画が17巻もある中、15分×15回の枠にどう収めるかという極めて難易度の高い課題があったのですがこれがうまくできていると感じます。
上記のマラソンの話のほかにも、エンリケの裏切り?の一件、ドラグートとの最初の遭遇、ダニエーレ・エレコレ兄弟の過去編、シチリア副王との最初の接触、剣術大会の一部など、不可欠ではないエピソードは大胆にカットして、多少、騎士団内の人間関係描写が薄くなったとしても、アシェル、ドラグート、ルーカスの3人の関係に時間を集中しています。
本作品の脚色はオリジナル作品も手掛ける並木陽さんなのですが、「ハプスブルクの宝剣」や「昼も夜も彷徨え」が良作となった一因は並木さんの脚色力にあると思っている私ですので、今回も原作付き作品をうまく料理する並木さんの手腕に感服しています。
具体的なオーディオドラマ各回と原作の大体の対応は以下のとおり。
前半は省略気味ですがこれだけ満遍なく網羅していながらダイジャスト感がないのですごいと思います。

ドラマ話数 原作巻数商品B
1 1~2
2 3
3 4
4 5~6
5 7
6 8
7 9
8 10
9 11
10 12
11 13
12 13~14
13 15
14 16
15 17

主演は柚香光さん

また主人アシェルの人物像形に大きな影響を与えているのは、今作の出演者における最大の目玉ともいえる元宝塚歌劇団の柚香光(ゆずか・れい)さんの演技。
ほんの少し前(2024年5月)まで宝塚歌劇団・花組トップスター(花組時代は「黒い瞳のボヘミアン」の華優希さんとコンビを組んでいた時もある)だったからか、青春アドベンチャーへはいきなりの主役起用。
最近、劇団☆新感線の「いのうえ歌舞伎【譚】Retrospective『紅鬼物語』」に出演されるなど活動を多様化されている柚香さんではありますが、アシェルは「ベルサイユのばら」のオスカル的な男装の麗人ですので、スペック的にはいかにも宝塚の元男役向きの役ではあります。

学園ものではなく大河ロマンスへ

しかし原作のアシェルは宝塚の男役の方が得意とするような(男性面での)色気たっぷりといったキャラクターではなく、少年ぽいというか中性的というか無邪気というか人の気持ちをあまり考えないというか、とにかくイノセントなキャラであり、その辺が原作が「学園もの」風の雰囲気になった要因の一つだと思います。
それがオスカル的な柚香さんの演技のおかげで少女漫画というより宝塚的な印象が付け加えられ、これにメインストーリーに絞った並木さんの脚色とあいまって原作との印象の違いに至ったのだと思います。
ただまあ正直なところ、決戦の直前に敵地に単身乗り込んだらいきなり剣術大会が始まっちゃうあたり、相当にお花畑な展開ではあり、現実の国際政治の陰惨さ、戦争の悲惨さ、無情さとは無縁なロマンス的な世界観を脱することはできなかったようには感じます。
この辺が「夢の雫、黄金の鳥籠」あたりと違って素直な受け止めが難しかった原因なのかも知れません。

藤井靖CPの集大成?

その他の出演者は渡辺大輔さん(ルーカス役)、廣瀬友祐さん(ダニエーレ役)、彩吹真央さん(語り)、石川禅さん(トリーア大司教役・スレイマン大帝役)、大山真志さん(エルコレ役)など、ここ数年、藤井靖チーフプロデューサー兼ディレクターが重用してきた元宝塚女優・ミュージカル俳優のオンパレード。
そして藤井さんがかねてから起用したいと思っていた三浦涼介さん(ドラグート役)もまた多くの舞台、ミュージカルの出演経験がある期待の若手。
脚色の並木陽さんを含め藤井靖体制の集大成の観もあります。

野暮とは思いつつ

最後に水を差すつもりはなく、またあくまで本作品はフィクションとわかってはいるのですが、少しだけ補足を。
本作品ではイスラム教徒の海賊と戦う正義の味方的な描かれたをされている聖ヨハネ騎士団ですが、当時のイスラム教徒から見るとむしろこちらの方が海賊でした。
そして海賊行為の目的のひとつが奴隷確保で、当時のマルタ島がイスラム教徒やユダヤ人の奴隷を対象とした奴隷売買の中心地であったのも歴史的事実です(この辺を詳しく知りたい方は記事末で紹介する「海賊と商人の地中海: マルタ騎士団とギリシア商人の近世海洋史」あたりをご照会されたし)。

結末が綺麗すぎる

特に聖ヨハネ騎士団が悪辣だったのはイスラム教徒だけではなく、宗派の異なるギリシャ正教のギリシャ人や同じカソリックのヴェネツィア船もターゲットとしていたこと(同じ並木陽さんによるオリジナル作品「紺碧のアルカディア」のヴェネツィア共和国とは同じカソリックでありながら対立的な関係でした)。
本作の結末にあたる出来事により地中海のパワーバランスが崩れ、地中海が一層、宗教対立むき出しの無法の海になってしまったという史実を踏まえると何とも言えない微妙な気持ちになります。
特に宗教的な不寛容はいまも世界各地で紛争のもとになっているところでもあり、この辺を全く描いていないことはどうしても気になりました。
ただ原作中のセリフで騎士団員を「彼らの善良さはほとんど奇跡的だ」と言っているとおりもともと原作がそうであり、ここを変えると違う作品になってしまうので、オーディオドラマ版でどうにかできる問題ではなかったことも確かです。
また最近の青春アドベンチャーは「昼も夜も彷徨え」や「太陽の城 月の砦」のようにイスラム側に好意的な作品が多かったのでバランス的なものもあるのかも知れません。
そもそも史実の要素があるとはいえ、あくまでエンタメ作品ですのであまり固いことは言いっこなしではありますが。

是非行ってみてください

最後の最後に自分語りを少しだけ。
実は私、随分昔にトランスファーでマルタ島に1泊したことがあります。
滞在時間が24時間に満たなかったので首都・ヴァレッタを超速で観光しただけだったのですが、首都自体が歴史遺産のような城塞都市のすばらしさに圧倒されました。
当時すでに「ロードス島攻防記」は読んでいましたで、わずかな間ですがとても楽しい時間でしたし、正直、聖ヨハネ騎士団を格好よく描きたくなる気持ちもわかります。
機会がありましたらみなさま是非一度行ってみてください。


【並木陽原作・脚本・脚色作品一覧】
中世~近代ヨーロッパを舞台とした多くの作品を提供された並木陽さんの関連作品の一覧は以下のリンクから。

並木陽さんの原作・脚本・脚色作品の一覧
スタートは一篇の小説青春アドベンチャーで複数のオリジナルの長編脚本が採用された脚本家さんはごくわずかなのですが、並木陽(なみき・よう)さんはその中で数少ない4本のオリジナル脚本が採用された方です。もともとは主に同人系の小説を書かれていた方で...

※2025/4/19追記
原作者・戸川視友さんの本作品ドラマ化についてのコメントです。
嬉しさが伝わってくる長文ですね。

※2025/4/26追記
そして放送終了後の戸川さんのコメント。
こちらもご覧下さい。

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