小説・詩・戯曲など自ら文学史に残る多くの著作を残した一方、積極的に啓蒙活動を行い多くの後進を見出した日本近代文学の祖のひとり。
あるいは陸軍の軍医として主要なポストを歴任し、最後には軍医総監(中将相当)にまで昇りつめた謹厳な軍官僚。
しかし、その男、森鷗外にも青春時代はあった。
小説「舞姫」へと昇華されたドイツ留学中の出来事?
いやいや鷗外は留学前に“若先生”として父の医院を手伝っていた時代があるのだ。
この物語は、まだ何者でもなかった若き“森林太郎”の町医者としての日々の記録である。
本年2022年は森鷗外の生誕160年、没後100年。
公式サイトによれば演出の川口泰典さんがそれをご存知で、ドラマ化を意図して見つけたのが本作品の原作小説なのだそうです(外部リンク)。
さて森鷗外といえば“文豪”。
「舞姫」や「山椒大夫」、「高瀬舟」など有名な著作は枚挙に暇がありません。
また、脚気細菌説に関連して批判的に扱われることも多いですが、軍医としてトップの地位まで出世したことも割と知られています。
その鷗外が実は大学卒業時に留学の選から漏れ、町医者として鬱々とした日々を送っていた時期があることを私は全く知りませんでした。
本作品はその時期の森鷗外(当時はまだ創作活動はしていなかったので森林太郎)を描いた連作短編集です。
ちなみに森鷗外の略歴を記すと以下のとおりです。
この年表からもわかるとおり本作品は1881年のごくわずかな期間を対象にしています。
ところで改めてみると、予科とはいえわずか11歳で医学校に入学しているんですね(2歳年齢を偽って入学したらしい)。
とんでもない秀才だったことは確かで、これでは森家再興の期待を一身に背負されるのも納得です。
ちなみに作中では東京大学と言われており「戦前は東京帝国大学だったのでは?」と思ったのですが、鷗外在学時は確かに東京大学で1886年に東京帝国大学と名前が変わっています。
さて、本作は林太郎青年の自分探しを縦軸に、父の診療所で出会う患者たちとの物語を横軸に展開していきます。
ある意味、王道の「青春」ものではあるのですが、ひとつひとつのエピソードがあまりに細かく地味で、最終話も「決意の坂」というサブタイトルの割にはすっきりしない終わり方であり、「アドベンチャー」感はほぼありません。
加えてナレーション(和久田み晴さん)が非常に多い脚本で、青春アドベンチャーという番組にあった作品チョイスかは正直疑問です。
本作品を演出された川口泰典さんは、90年代の青春アドベンチャーを知るオールドファンであれば誰もが思いつくであろう番組立ち上げ期の名演出家さんなのですが、こちらの写真などを見るとかなりご高齢のようです。
最近では「新日曜名作座」の演出としてご活躍されているのですが、新日曜名作座用に川口さんが用意していた作品を、番組の30周年にあたり現在の制作統括の藤井靖さんが敢えて青春アドベンチャー枠に持ってきたのではないかと想像してしまいました。
各回のサブタイトルは以下のとおりです。
全般的に淡々と話が進んでいくためワクワクドキドキとは縁遠い作品ですが、明治初期のそこそこエリートの人たちがどのような価値観・倫理観を持っていたのかを考えると興味深い内容ではありました。
なお、番組中では「『鷗外 青春診療録控 千住に吹く風』より」と言っています。
恐らく数多くのエピソードから選んでラジオドラマ化したのだと思います。
本作品の主役・森林太郎を演じるのは俳優の田中俊介さん。
名古屋を中心に活躍する男性アイドル?グループ“BOYS AND MEN”の元メンバーで青春アドベンチャーでは「夜叉ヶ池で見つけた命」に主演経験があります。
なお、“BOYS AND MEN”のリーダーは2021年にFMシアターで放送された「ワンさんは働き者」に出演されている水野勝さんです。
また、準主役と言って良い父・静男は羽場裕一さんが、そして母・峰子は加藤忍さんが演じています。
その他、明治期の有名な思想家である西周(にし・あまね)は竹田雅則さんが演じています。