東の国よ! 作:福田義之(FMシアター)

格付:AA
  • 作品 : 東の国よ!
  • 番組 : FMシアター
  • 格付 : AA-
  • 分類 : 歴史時代(日本)
  • 初出 : 2013年9月21日・9月28日
  • 回数 : 全2回(50分・50分)
  • 作  : 福田善之
  • 音楽 : 日高哲英
  • 主演 : 成河

1929年、日本の女性研究者は、イギリスの片田舎でようやくアーノルド・モロウを探し当てた。
アーノルド・モロウ。
文久2年に通訳として日本に来て以来、類まれな語学力と未知の世界に対する強い好奇心、そしてあくなき情熱で、明治維新の時代を日本人とともに駆け抜けた男。
彼の残した回顧録「いちヨーロッパ人の見た明治日本の変革」は、明治維新前後の日本を知るための第一級の資料とされている。
しかし、彼の回顧録には、ある重大な欠落がある。
鳥羽伏見の戦い前後の記録が混乱し、間違いも散見されるのだ。
これはモロウが意識的に行ったことではないか。
記録に残せない、あるいは残したくない、何かがあったのではないか。
すっかり年老いて反応も薄くなっているモロウの前で、研究者は自らが知る当時の時代背景を語り始める。
彼の証言を得るために。



本作品「東の国よ!」は、NHK-FMのFMシアターで放送されたオリジナル脚本のラジオドラマです。
FMシアターは通常、土曜日の午後10時から50分程度の枠で、毎回1回完結のラジオドラマを放送する番組です。
本記事をアップする1か月ほど前の2017年7月22日・29日に前後編2回で「異人たちとの夏」が放送されていましたが、これはかなりレアなケースです。
「異人たちとの夏」の以前に2回連続で放送された作品を探してみると、実は2013年初出の、この「東の国よ!」まで遡ります。

モデルはアーネスト・サトウ

さて、本作品は明治維新前後の日本に滞在していた日本びいきの架空の外交官アーノルド・モロウを主人公とする作品です。
「架空の」と書きましたが、このモロウには公式ホームページでも明示されているモデルとなった実在の人物がいます。
その人の名はアーネスト・サトウ。
ドイツ人の父とイギリス人の母を持ちロンドンで生まれた彼は、モロウと全く同じ文久2年にイギリスの駐日公使館の通訳生として来日しています。
ちなみには、私、「サトウ」という名字から、ずっと日系人(例えば漂流民の子孫とか)だと思っていたのですが、実はスラブ系の希少姓“Satow”で、「佐藤」とは基本的に無関係なのだそうです。
本記事を書くにあたって知った時にはちょっとした驚きでした。
なお、あくまで後付けですが、彼は日本では「佐藤」や「薩道」などの日本名を名乗っていたそうです。

日本に好意的な英国人外交官

とにかく、そのサトウの行動をベースに、彼の心情などをフィクションとしてミックスしたのが「モロウ」なのでしょう。
そのモロウと、北村有起哉さん演じる医師のウィリアム・ウォレス(通称「ビリー」または「BB(ビッグビリー)」で、実在の人物としては「ウィリアム・ウィリス」。)のふたりを中心に物語は進んで行きます。
モローもビリーも、日本に極めて好意的でかつヒューマニズムあふれるコスモポモリタンです(当初のビリーの言動はそうでもありませんが)。

関心≠共感

しかし、彼らはあくまでエトランゼ(異邦人)。
日本人と日本の美しさ、愚かさに関心を寄せ、深く関与しつつも、日本人の精神性に完全には共感することができず、精神的にも立場的にもどうしても日本の「内側」には入れないまま時代は過ぎ去っていきます……???って、どこかで聞いたような?
あっ、そういえば、「人間という不思議な存在に興味をひかれつつ、武士の愚かさに絶望することを繰り返す化け狐の話」があったような(笑)。
そういえば主演も同じ成河(ソンハ)さんじゃないですか。
私は例のシリーズを全部聞き終えてから、聴き洩らしていたこの「東の国へ!」を聴いたため、どこかで聞いていたような感じを受けてしまったわけですね。
改めて考えると「元禄赤穂事件」で終わっている「例のシリーズ」ですが、思いもよらない形で成河さんの語る「武士の時代の終焉」を聴くことができたと思うと、不思議な感慨があります。
まあ、単純な娯楽作品の「例のシリーズ」とは全然違って、本作品はいたってまじめな作品なんですけどね。

先鋒隊≒赤報隊

さてさて、物語は鳥羽伏見の戦いから会津戦争までをクライマックスとして、その後の経緯はばっさりと省略されています。
特に中心となるのは平田広明さん演じる「シロー」。
官軍の先鋒隊を率いて東山道を鎮撫して回りながら、最終的には官軍に切り捨てられ処刑されてしまう悲劇の人物ですが、これにも明確なモデルがいます。
先鋒隊はいわゆる「赤報隊」。
シローのモデルはその隊長であった相良総三でしょう。
漫画「るろうに剣心」にも主要登場人物である相良左之助の縁者として登場する相良総三ですが、最近の研究では総三自身にも相当の後ろ暗いところはあったようで、単なる悲劇とも言い切れないようです。
本作品の脚本を書かれたのは、本作品公開時点で81歳の大御所脚本家・福田善之さんですが、この辺のシローの扱い、そしてシローとモロウとの深い関わりが現実とかけ離れていることから、名称を変えてフィクションにしたのではないかと推測します。

凝った演出だが

いずれにせよ、この歴史改変?により物語のドラマ性は大いに増しており、日高哲英さんのあくまで落ち着いていながらスケール感のある音楽と相まって、大河ドラマ的なエンターテイメント性とテーマ性を両立させた作品になっています。
演出面でも、幕府役人の堅苦しい答弁を、あえて女性の松金よね子さんに演じさせたり(「女のように高い声で話す」とはモロウによる日本人役人に対する感想)、役人のモブを音楽劇的に拍子を付けたせりふ回しで表現したりしています。
個人的には、作品最後の「演劇が終わった際のような拍手で終わるメタ演出」(なのか?)は、制作側の自己満足のように感じてしまいましたが、全般的に、飽きの来ない凝った演出で素直に楽しめる作品でした。


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