はるかぜ、氷をとく 作:渡辺あや(FMシアター)

格付:AA
  • 作品 : はるかぜ、氷をとく
  • 番組 : FMシアター
  • 格付 : AA+
  • 分類 : 日常
  • 初出 : 2021年3月13日
  • 回数 : 全1回(50分)
  • 作  : 渡辺あや
  • 音楽 : 岩崎太整
  • 演出 : 小林涼太
  • 主演 : 酒井若菜

あの時の姉の選択を自分は受け入れられてると思っていた。本当は私は姉を恨み続けてきてしまったのかもしれない。 ~麻子
スピッツの『田舎の生活』が聞けなくなったのは震災の後だ。ふと、失われているのは恋ではなく、街であるように聞えた。 ~祐実
祐実おばちゃんはいわゆる自主避難っていう選択をしたんだなって理解できるようになったのはその後しばらくしてウチが中学生くらいになってからのことだ。
もしかしたらあのふたりはそのことがお互いずうっと引っ掛かっているんじゃないかと思う。 ~こなみ


本作品「はるかぜ、氷をとく」はNHK福島局制作のラジオドラマで、2021年3月13日にFMシアターで放送されました。
福島+3月+FMシアター、というだけで、恐らくテーマは東日本大震災又は福島第一原子力発電所事故じゃないかと想像してしまうのですが…そのとおりです。
正直、この類のテーマが多すぎるよ、と思いながら聴いてみたのですが…予想以上に良作でした。

避難した親子、しなかった親子

本作品は原発事故自体というより、自主避難をテーマに据えた作品です。
主人公は4人、というかセリフのある登場人物はこの4人だけ。
事故後も福島に残った妹の麻子(演:酒井若菜さん)とその娘、こなみ(演:中村天海さん)。
そして千葉に自主避難した姉の祐実(演:新山千春さん)とその息子、麦(ばく、演:三村和敬さん)。

いとこふたりの会話からスタート

物語はこなみが麦に電話をしてくることから始まります。
実は直前に麻子と祐実が電話で、あり得ないほど激しい姉妹喧嘩をしたのを聞いて心配になったこなみが祐実の様子が知りたくなり、いとこの麦に電話してきたのです。
ストーリーはこのふたりの電話からスタートし、この電話を含め合計6本の電話とその間をつなぐモノローグにより進行していきます。
まずこの辺の展開が巧みです。

脚本は渡辺あやさん

本作品の脚本を書いた渡辺あやさんは、2011年には連続テレビ小説「カーネーション」の脚本を担当するなどすでに定評のある方。
2003年に岩井俊二監督の映画「ジョゼと虎と魚たち」でデビューしたことになっていますが、実はデビュー前の2001年に青春アドベンチャー「不思議屋博物館」で小編「花束」を書かれているのはちょっとしたトリビアでしょうか。

原発ものと考えなくても成立

本作品のストーリーは実は原発事故がテーマでなくても成り立つ(例えば過疎地の故郷を離れたとかいう設定でも十分成立する)普遍性の高いものです。
また上記のとおり登場人物は全員親族関係にあるのですが、親族でなくても成立する(例えば近所の幼馴染でも十分成立する)作品で、親族間のベトベトした関係性に頼っていないという面でも好感が持てます(このブログでのジャンルも敢えて「家族」を避けました)。
この辺は渡辺さんの力だと思います。

あの時を思い出した

とはいえ、本作品が原発事故を扱っていることはやはり重要なファクター。
私は福島に住んでいたわけではありませんが、この作品を聴いていて“あの時”の日本を覆っていた異様な雰囲気をふと思い出してしまいました。
その意味でやはり定期的にこのような作品を放送する意味はあるのかもしれません。

子どもの視点

また、私は大人として“あの時”を体験したのですが、それを子どもとして体験した人がいることや彼らの気持ちも、ニュースやドキュメンタリーを通じて一応分かっていたつもりでいました。
しかし、こうしてドラマになったものを聞いていると自分がどこまでそれを自分事として捉えていたのだろうと感じました。
他人事を自分事として捉える方法として、ドラマにはニュースやドキュメンタリーとは異なる力があると思います。
ただそれは結果論であって、ドラマにすれば良いというものではない。
それもこれも優秀な脚本あってのことだと思います。

中村天海さんご自身ももと避難者

そして、自分事という面で本作品には大きな特徴があります。
実質的な主演とも言える、こなみを演じた中村天海(あまみ)さんご自身が自主避難の経験があること。
作中のこなみは“残った側”ですが、やはり思い入れは深かろうと思います。

中村天海さんって?

ところでこの中村天海さんの演技ですが、方言含め自然でとてもイイ感じなのです。
この優しい感じをどう表現したらよいのか。
なんというか、例えるならばラジオ番組でパーソナリティの話を聞いているようなプライベート感。
これはどういう女優さんなのだろうかと思って調べてみると、上記のとおり福島(郡山)の方で自主避難経験者であるとのこと。
しかも、なんとオーディションで選ばれた演技未経験の女子高生とか!
(外部サイト:NHK公式「放送直前!ヒロイン・中村天海さんに聞きました!」)

スピンオフテレビ番組も制作された

ドキュメンタリーを自主製作したり、日本放送のドキュメンタリーに出演経験があったりしてちょっと普通の行動力ではないと思いますが、ドラマで演者として演じ切るのはそれはそれで特別です。
演出の小林涼太さんも相当気に入ったのか、2021年6月に福島限定ですが中村天海さん出演で本作品のスピンオフのテレビ番組「“はるかぜ”の旅路」を制作しています。
今後、本格的に女優をされるのか、これは一瞬の奇跡として終わってほかの分野で活躍されるのか。
いずれにしろ楽しみです。

その他の出演者

さて、他の出演者は上記で書いたとおり、酒井若菜さん、新山千春さん(機械仕掛けの愛)、三村和敬さん。
豪華ですよね。
公式ホームページでは酒井若菜さんがトップに表記されており、実際、心情をモノローグで吐露するのは麻子と祐実なので、おふたりが主演格なのだと思います。
個人的にも酒井さんの演技は大好きなので異論はないのですが、やはりこの作品では中村さんのフレッシュさが光ります。


本作品は当ブログで実施した2021年FMシアターアンケートの3位になりました。
投票した人のコメントが絶賛ばかりなのがすごい。
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