- 作品 : 北の道化師たち
- 番組 : ふたりの部屋
- 格付 : B
- 分類 : 職業
- 初出 : 1980年12月15日~12月19日
- 回数 : 全5回(各回10分)
- 原作 : 高橋揆一郎
- 脚色 : 朝倉賢
- 演出 : (不明)
- 主演 : 蜷川幸雄
昭和44年、日本は好景気湧いているのに、石炭会社だけは冴えない。
しかもその冴えない会社の中でも万年事務所員の私は一層、冴えない境遇だ。
でも仕事が終われば別だ。
漫画を描いていると違う人生が見えてくる気がする。
漫画のためならば仕事ではだせない行動力だって発揮できる。
たしかに40の手習いだ。
笑うなら笑え。
でも何とか漫画家で生計を立てられないものだろうか。
本作品「北の道化師たち」は1980年にNHK-FMの「ふたりの部屋」で放送されたラジオドラマです。
北海道色濃厚
原作は北海道在住の芥川賞作家、高橋揆一郎(きいちろう)さん。
もちろん制作はNHK札幌局で、脚色の朝倉賢さんも北海道の方ですし、札幌放送劇団(NHK札幌局の専用劇団)の方々も出演されており、極めて札幌色の強い作品です。
それどころか作中で、主演のおふたり(蜷川幸雄さんとジャネット八田さん)が原作者の高橋揆一郎さんと北海道名物・ジンギスカンを食べに行き、ジャネットさんが高橋さんの手相を見るというメタ展開なんだかよくわからないシュールなシーンもあったりします(このシーンの高橋さんがご本人かは不明)。
漫画家漫画
さて、本作品は、札幌市に住む石炭会社の万年庶務課員・立花ゲンジが41歳にして一念発起し、漫画家を目指す物語です。
原作は高橋さんの自伝的小説らしいので調べてみると、確かに高橋さんも1980年に40代で住友石炭鉱業を退職し、時事漫画を中心としたイラストレーターに転向したとのこと。
結局芽が出なかったのか、路線変更をして小説家としデビューし、芥川賞を受賞したのが1978年です。
これは本作品の放送のほぼ2年前のことであり、そのため本作品は自伝的作品といっても、名声を確立した大家が若き青春の日々を懐かしんで書いた作品ではなく、中年男のものぐるしい情念と夢と挫折を、ごく近い過去の出来事としてふり返って描いた作品といえると思います。
主人公はオヤジ
青春アドベンチャーでいうと、同じ札幌を舞台としたお仕事ものとして「北海タイムス物語」、同じ漫画家を目指す姿を描いた作品として「G戦場ヘヴンズドア」が思い浮かぶのですが、これらの作品と本作品が決定的に違うのはやはり中年オヤジが主人公であること。
そして、作中で主人公たちが描いている漫画も、「G戦場ヘヴンズドア」が対象としていた派手でキャッチーな少年向けの作品ではなくではなく、日常を描いたひとコマ漫画や1面だけの漫画。
これでは展開も地味にならざるを得ません。
何せ劇中で起こるイベントが「近所の喫茶店での『新進漫画家3人展』開催」とか、「ショールームで個展開催」とか、「財界誌に毎回1ページの連載」とかですから。
どこまでも地味
しかも漫画家稼業が軌道に乗らなくて困ったときに出てくるセリフが「落ちぶれ果てても平手は武士じゃ、止めてくれるな妙心殿。」(三波春夫さんの「大利根無情」より)ですからね。
丁度、札幌オリンピックの時期だったこともあり、オリンピックのマンガ取材などというちょっとカッコイイ仕事も舞い込むものも、オリンピックが終わったらさっぱり。
劇画の波に乗り遅れ、印刷機を共同出資して漫画雑誌を作るという夢にも挫折するという何とも言えないしょっぱい展開を経て、漫画家がうまくいかず仕方なく材木屋の帳場に再就職するというたとえようもないほど地味な結末。
(この作品では描かれていませんが)結局、芥川賞作家になるわけで、それはそれでハッピーエンドではあるのでしょうが。
まあこういう作品もさらっと放送してしまうところが「ふたりの部屋」の奥深いところではあります。
にながわゆきお…!
さて、出演者の紹介に移りますと、まず、本作品の主演を務めるのは俳優の「にながわゆきお」さん………?
「にながわゆきお」??、「蜷川幸雄」?!え-!まさか、あの?
と思って良く聴くと、「俳優がダメで今は演出をやっている」(演出!)とか、「芸大に行きたかったんだけど行けなかった」(wikipediaによれば例の蜷川さんは開成高校出身で東京芸大受験失敗)とか…
これ、文化勲章受章者で、日本を代表する舞台演出家だった、あの蜷川さんじゃないですか。
確かに演出家転向以降もしばらくは役者も続けていたらしいですが…
まさかこんなところにご出演されていたとは。
ちょっと驚きです。
また、ヒロインの役を演じたのは女優のジャネット八田(はった)さん。
作中で語っているとおりCA(当時の用語ではスチュワーデス)からモデルに転身された方で、実はポーランド系アメリカ人の父を持つハーフなのだそうです。
ちなみに八田さんは、本作品放送の翌年、当時西武ライオンズの選手だった田淵幸一さんと結婚し、芸能界を引退することになります。
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