- 作品 : 悠久のアンダルス
- 番組 : 青春アドベンチャー
- 格付 : A-
- 分類 : 歴史時代(海外)
- 初出 : 2020年7月27日~8月7日
- 回数 : 全10回(各回15分)
- 作 : 並木陽
- 音楽 : 日高哲英
- 演出 : 藤井靖
- 主演 : 朝夏まなと
8世紀にウマイヤ朝が征服してから数百年。
イベリア半島、イスラム教徒が呼ぶところのアル・アンダルスは、ウマイヤ朝が滅亡して小国に分裂してもなおイスラム教の勢力圏にあった。
そうした小国のひとつムルシア国の王アル・ディーブは、聡明な姉ラシーダの補佐のもと、強力な国家による平和の実現のため、日々戦いのさなかにあった。
国政面ではアンダルス東海岸の統一が視野に入り、家庭的にも妹ミスリーンや身内と言ってよい亡命王女カトルンナダーとの心安まる生活を得、順風満帆に見えたアル・ディーブとラシーダ。
しかし、隣国バルセロナに傭兵隊長として”隻腕のダリオ”が雇われたのを境にふたりの運命は予想もしない方向に転がり始める。
本作品「悠久のアンダルス」は、「暁のハルモニア」(ドイツ)、「紺碧のアルカディア」(ヴェネツィア・コンスタンチノポリス)に続く、並木陽さんによるオリジナル歴史オーディオドラマの第3弾になります。
むむむ、今回は一段とマイナーな舞台
それにしても…さすがにわかりません!
ただですら日本人にはわかりづらいヨーロッパの小国の歴史。
「暁のハルモニア」はヨハネス・ケプラーという超有名人が出演していましたし、「紺碧のアルカディア」は第4次十字軍という悪い意味でとても有名な出来事がテーマだったので背景がわかりやすかったのですが、本作品はわからない。
後ウマイヤ朝が滅亡した1031年から、スペイン王国によるレコンキスタ(キリスト教徒による再征服)が完成する1492年までの間、イベリア半島がキリスト教国とイスラム教国が入り混じった状況であったのは知っていますが、さすがにその詳細までは知りません。
「ムルシア国って何それ?おいしいの?」という状態です。
12世紀くらい?
調べると、この時代のイベリア半島にあったムスリム系の君主国を「タイファ」といい、キリスト教系の小国も併せ、いってみれば「戦国時代」にあったのだそうです。
当然、ムルシア国も実在したらしいのですが、所詮小国なのでなかなか情報がない。
ちょっとネットで検索しただけでは本作品の詳細な年代を同定できませんでした。
とはいえ、作品のエピローグで、やがてアンダルスはムワッヒド朝に支配されることになると述べられていることから推測すると、ムワッヒド朝においてアンダルスの征服を進めた初代王アブド・アルムーミンの治世(1130年~1163年)あたりの話なのかもしれません。
答え合わせは公式HPで
そうであれば作中でダリオが参加に言及している十字軍は第2次十字軍(1147年~1148年)が該当しそうです。
第2次は大失敗の回(そもそも第1次以外すべて大失敗だけど)なので作品内容的にも符合します。
となると、日本でいえば平安時代後期にあたり、「暁のハルモニア」からみると相当昔、「紺碧のアルカディア」のちょっと前。
同じスペインを舞台にした作品で昔、青春アドベンチャーでラジオドラマ化された佐藤賢一さん原作の「ジャガーになった男」と比較するとかなり昔と思っていただければイメージしやすいでしょうか(以上が私の「解答」でしたが、後日、並木さんによる「正解」が公式ページ「『悠久のアンダルス』作・並木陽さんの「あとがき」」(外部リンク)に掲載されました)。
(注)「紺碧のアルカディア」同様こちらもNHKホームページの改悪によりリンクがつながらなくなってしまいました。やはり重要な情報ですので、引用の範囲と解釈しこの記事の末尾に参照しています。
ミスリード狙い?
さてさて脱線はこのくらいにして、ストーリーに話を移します。
まず作品冒頭の流れは上記の粗筋のとおりなのですが、この粗筋をみるとあたかもダブル主人公の作品に見えると思います。
実は公式ホームページの作品紹介もこんな感じでして、それに合わせたのですが、ひょっとしたらこれは意図的にミスリードを狙っているのかも知れません。
実は本作品は朝夏まなとさんが演じるラシーダが単独主人公の作品です。
そしてアル・ディーブを演じる相葉裕樹さんは、実はもう一つ重要な役を受け持っています。
この役、早くも第2回に登場しますのでここで書いちゃってもいいのですけど…やっぱりネタバレになるので止めておきましょう。
マイナーなのが幸いした
一方、敵対するバルセロナ国の傭兵隊長“隻腕のダリオ”は作品当初から重要な役どころになりそうに描かれてはいたのですが、前半戦は主人公グループとの接点はあまりなく進みます。
しかし、前半最後にその正体が明らかになり(何となく予想出来ましたが)、後半はこのダリオとの人間関係がストーリーの中心になっていきます。
ベースとなった歴史的事実が有名で結末が予想できてしまった前2作と比較すると、舞台がマイナーな分だけ、展開が予想しづらいのが本作品の良いところでした。
エピローグがしっかりなのは嬉しい
また、歴史展開的な意味でのストーリー進捗は、事実上、第9回で終わり、第10回はほぼエピローグ的な内容であったことも個人的にはポイントが高い。
この第10回で改めて、イスラム教徒とキリスト教徒が交差するこの時代を舞台とした意味(カトルンナダー曰く「信仰にかかわらずだれもが等しく能力を認められ富めるものと貧しき者との差もなく皆が幸福に暮らせる」世界)を整理するのも美しい流れです。
ただ、これについては同じ並木陽さん脚色、藤井靖さん演出の「ハプスブルクの宝剣」ほど切実な描かれ方をされておらず好みがわかれるところかもしれません。
また、最終回の締めが結局、色恋沙汰中心になってしまったのが個人的にはちょっと不満。
思えば「暁のハルモニア」→「紺碧のアルカディア」→「悠久のアンダルス」と続くうちにだんだんと比重がそちらに移ってきているように感じました。
ちょっと深読み
ところで、最後のバルセロナ伯ラモン(演:今井朋彦さん)の行動、皆様、どう感じましたか。
最終回、急にいい人になってしまったように見えるラモンですが、あれってラシーダが付いていってしまうことを期待して伝えたのでは?
実はムルシアの力を削ぐことを画策していたのだとすると、「紺碧のアルカディア」のエンリコ・ダンドロと同じように現実的な思考が感じられ、却って面白いと思います。
相変わらずの宝塚色
さて本作品の配役について説明しますと、まず主役のラシーダを演じたのは元宝塚歌劇団トップスターの朝夏まなとさん。
青春アドベンチャーでは「暁のハルモニア」に続いての出演です。
「暁のハルモニア」では優美な貴婦人アマーリエ役でしたがは、元男役の朝夏さんの声は(あくまで女性的ではありますが)快活なラシーダの方があっていると思いました。
相葉裕樹さんの起用
また、この作品、トップ娘役だった咲妃みゆさん(カトルンナダー役)も出演されているんですよね。
その他の配役は、伊礼彼方さん(ダリオ役)、今井朋彦さん(ラモン役)、瑞生桜子さん(ミスリーン役)と言った常連の皆さん。
全体に舞台色、ミュージカル色の強い、相変わらずの藤井靖さんらしいキャスティングですが、今回、相葉裕樹さん(アル・ディーブ+もうひとり)という新たなミュージカル俳優を迎えている点では新鮮味もあります。
相場さんは「侍戦隊シンケンジャー」に主演された方ですが、最近ではミュージカル「レ・ミゼラブル」にアンジョルラス役で出演するなどミュージカル俳優の側面もあります。
本作品ではアル・ディーブを演じるときと、もうひとりを演じるときの演技の違いがさすがです。
でも絵がないラジオドラマなので敢えてもう少し似せておいた方が容姿が似ているということを伝えやすかったような気もします(演出面の問題ですが)。
【並木陽原作・脚本・脚色作品一覧】
中世~近代ヨーロッパを舞台とした多くの作品を提供された並木陽さんの関連作品の一覧はこちらです。
※2025/9/7 NHK公式ホームページに記載されていた(https://www.nhk.or.jp/drama-blog/1360/434041.html)並木陽さんの「あとがき」は以下のとおりです。それにしてもNHKさんはこういった情報をちゃんと残していただけないものでしょうか。
【作者・並木陽さん「あとがき」】
皆様、全十夜のアンダルシアン・ナイト、お楽しみいただけましたでしょうか?
今回は、十二世紀半ば頃のイベリア半島で、イスラム勢力圏が幾つもの小王国(タイファ)に分立し、キリスト教諸国ではレコンキスタが盛り上がっていた時代のお話でした。
これまでに私は、三十年戦争を題材にカトリックとプロテスタントの対立と調和への希求を描いた『暁のハルモニア』、第四回十字軍における西欧諸国と東ローマ帝国の戦いを描いた『紺碧のアルカディア』という二つのオリジナル作品を書かせていただきました。それに本作、アンダルスを舞台にイスラム教徒とキリスト教徒の共存の理想を追う人々を描いた『悠久のアンダルス』を加えて、同様の主題を扱った三部作と言えるものになったのではないかという気がしております。
ちなみに史実との関連については、イスラム教小王国(タイファ)の一つであるムルシア王国の最盛期を築き、「狼王」の異名で知られたイブン・マルダニーシュという王様が、アル=ディーブ(そしてその跡を継ぐラシーダとヒシャーム)の一応のモデルです。バルセロナ伯ラモンは、イブン・マルダニーシュと渡り合ったラモン・バランゲー四世を想定しています。ただ、私はいにしえのアンダルスで繰り広げられるこのお話を、歴史を忠実に描いたものというより、アラビアン・ナイトや昔語りのようなおおらかな物語にしたいと思っており、かなり自由に創作しています。歴史上の大事件や時代の転換点それ自体よりも、その中で生きていた人々の個人的な出来事、理想や夢、愛や絆、様々なしがらみや葛藤に焦点を当てたつもりです。
放送が終わってしまう時はいつも、登場人物たちとの別れが寂しくてたまらなくなります。ラシーダ、リカルド、ヒシャーム、アル=ディーブ、カトルンナダー、ラモン、カーシム、ハディージャ、フェデリコ、ニスリーン、ミゲル、ハサン、そしてマンスールとユースフ。キャストの皆さんによって命を吹き込まれたみんなのことが、私自身とても好きになってしまいました。できることでしたら、皆様のお心のどこかで、この物語のことをそっと覚えていていただけたら嬉しい限りです。
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