紺碧のアルカディア 作:並木陽(青春アドベンチャー)

格付:A
  • 作品 : 紺碧のアルカディア
  • 番組 : 青春アドベンチャー
  • 格付 : A
  • 分類 : 歴史時代(海外)
  • 初出 : 2019年10月21日~11月1日
  • 回数 : 全10回(各回15分)
  • 作  : 並木陽
  • 音楽 : 日高哲英
  • 演出 : 藤井靖
  • 主演 : 花總まり

西暦1201年、ヴェネツィア共和国元首エンリコ・ダンドロの孫娘フェリチータ・ダンドロが船長を務める武装商船ファルコドーロ号は、ヴェネツィアへの帰途、海賊に襲われる商船を救援、ひとりの貴人を保護する。
彼女の名はテオドラ。斜陽の時を迎えつつある東の大国、千年の都コンスタンティノポリスに都をおく東ローマ帝国の皇女。
それは終わりの始まり。
理想と欲得、賞賛と罵声に包まれた「史上最悪の十字軍」に自分が加担していくことを、この時のフェリチータはまだ知らない。


史上最悪は言い過ぎ?

冒頭に「史上最悪の十字軍」って書いちゃいましたが、ちょっと煽り過ぎですかね。
1212年の「少年十字軍」とか、1209年から1229年にかけての「アルビジョア十字軍」とか、この時代の十字軍には、実に悲惨というか禄でもない十字軍が多い。
そもそも十字軍という行い自体がイスラム教徒から見たら狂気の沙汰ですし、第4次十字軍だけを取り上げて最悪っていうのも違うのかもしれません。
また、日本では塩野七生さんの「海の都の物語」が第4次十字軍を大きく取り上げており、これがまた「やっちゃった」側のヴェネツィア共和国が主役であることからして、好意的というか弁明的というか開き直っているというか…そういう描かれ方をしていることもあり、つい大したことではないと思っちゃいそうですが…
聖地奪還のために集まっておいて、同じキリスト教徒を虐殺した挙句に、財宝と土地をせしめて「ひゃっほー!」って…
人権意識のない中世の話です。
イスラム教国ともうまくやっていかなければいけない通商国家ヴェネツィア共和国の立場もわかります。
でも、まあ控えめに言っても暴挙ですよね、やっぱり。

並木陽オリジナル第2弾

…などと最初から盛大に脱線してしまいましたが、並木陽さん脚本のラジオドラマ「紺碧のアルカディア」の紹介です。
並木陽さんはもともと同人的に西洋歴史小説を書かれていた方で、2017年「斜陽の国のルスダン」が青春アドベンチャーで原作として初採用されました。
そして、2018年「暁のハルモニア」で初のオリジナル脚本に挑戦。
そしてオリジナル脚本の2作品目がこの2019年「紺碧のアルカディア」になります。
青春アドベンチャーの長い歴史の中でもオリジナル長編が2作品も採用された脚本家さんはごく僅か(2019年では「元中学生日記」の鹿目由紀さんもこのわずかな脚本家に入ります)なので、並木さんと青春アドベンチャーの(というか演出の藤井靖さんの?)蜜月関係が窺われます。
ちなみに翌2020年には、他の方の原作を並木さんが脚色する「ハプスブルクの宝剣」も制作されることになります。

「暁のハルモニア」とセット?

さて、本作品は上で紹介した「暁のハルモニア」と対になる要素が多い作品です。
これは並木陽さんがインタビューで回答していること(外部サイト)なのですが、まず、「暁のハルモニア」が男性二人が主役の物語であったのに対して、「紺碧のアルカディア」はフェリチータとテオドラという二人の女性が主役であること。
また、「ハルモニア」(=真実の光で地上に調和をもたらす)と「アルカディア」(=地上の理想郷はあるのか)というキーワードが象徴するように、「理想と現実」が作品のテーマである点も対照的です。
さらにドイツという内陸国を舞台にした「暁のハルモニア」と海洋通商国家ヴェネツィアを取り上げた「紺碧のアルカディア」は舞台は対照的ですが、内容的にはよく似ています。

結末が心配

となると気になるのが作品の閉め方。
「暁のハルモニア」は(少なくとも外形的には)悲劇としかいえない終わり方をしたのですが、主役のヨアヒム役を演じた海宝直人さんの渾身の演技のおかげで、彼の内面的な満足感は伝わってきて、後味が悪くない形で終焉しました(当ブログで実施した2018年アンケートの第1位作品でした)。
しかし、本作品が舞台とする第4次十字軍のハチャメチャぶりについては明らかな史実。
主人公達をあまり悪く描くわけにもいかないでしょうし、どうするのかなあと思いながら聴いていたのですが、これについては架空の人物フェリチータを主人公として自由に動かすことによりある程度、制約を免れ得たと感じました。
ヴェネツィアで女船長という設定自体が荒唐無稽なのかも知れませんが、世の中にはムーア人をヴェネツィアの軍人に設定するという無茶をした古典(シェークスピアの「オセロ」)もありますのでまあ許容範囲でしょう。

ニカイア帝国にうまくつながる

また、もう一方の主人公テオドラは実在の人物か架空の人物かよくわかりませんが、ニカイア帝国との絡みで東ローマ帝国の皇女という立場(設定?)を超えようとした苦心が感じられました。
ただ、自分たちの利益のために他国の軍隊を引き込んでおいて、逆切れして「じゃあ、あなたが十字軍を止めて見せてよ」というセリフには全く共感できませんでしたが。
そうそうこの作品、ストーリー的にはニカイア帝国にうまくつながる形でしめているんですよね。
テオドロス・ラスカリスなどは「東ローマ帝国最後の皇帝」という歴史的な位置づけから「ニカイア帝国の創始者」というイメージにうまく変換されています。
しかも最後にはグルジアまで絡めたりしてちょっとサービス精神が旺盛すぎるくらい。
というのも、「斜陽の国のルスダン」はグルジアのお話で、ルスダン女王の即位は1223年ですのでほぼ同時代。
つまり……実はここでルスダンと東ローマ帝国の関係を書こうと思ったのですが、並木陽さんの「あとがき」(外部リンク)にちゃんと書かれていることに気付いたのでそちらに譲ります。

ダンドロの決断は深い

あと男性陣ではやはりエンリコ・ダンドロかな。
最後の彼の決断は、①ボニファチオの将来性に疑問を持っている、②保険として亡命者たちへの影響力を残そうとしている、③コンスタンティノポリス再建のための足手まといになりかねない難民を一掃させたい、という意向に基づいた政治的なものだと思います。
もちろんは孫娘に対する愛情がなかったとはいいませんが。
なお、並木陽さんは翌2020年にヴェネツィア共和国と並ぶもうひとつの海の共和国、ジェノバが登場する「悠久のアンダルス」の脚本も書かれています。
こちらのジェノバの為政者たちもなかなかの功利主義者です。

主演は花總まりさん・坂本真綾さん

さて、主役のフェリチータを演じるのは元宝塚雪組・宙組のトップ娘役・花總まりさん。
同じ並木陽さん主演の「斜陽の国のルスダン」に引き続いての主演です。
本作品は、「暁のハルモニア」放送の頃から構想がスタートし、出演者の選定とパラレルで脚本化が進んでいったのだそうで、いわゆる「あて書き」的な作り方です。
その他の出演者もミュージカル畑の方が多く、もう一人の主役のテオドラ役の坂本真綾さんも声優でありながらミュージカル出演も多い実力派。
「白狐魔記」(「蒙古の波」以降)や「1492年のマリア」など「藤井組」の常連でもあります。

他いつもの「藤井組」

男性側の目玉は「また、桜の国で」(2017年当ブログ人気アンケート1位)で圧倒的な存在感だった、「ミュージカル界のプリンス」こと井上芳雄さん。
まあ、「また、桜の国で」が良すぎたので、本作品ではいまひとつ影が薄いですが。
また、元宝塚月組トップスター、霧矢大夢(きりや・ひろむ)さんがコテコテの女性役で起用されています。
トップスターとトップ娘役の共演って、青春アドベンチャーでかつて例があったでしょうか?
その他、石川禅さんとか伊礼彼方さんとか栗原英雄とか、まあいつものメンバーといえばいつものメンバー。
役柄はそれぞれの作品で違うので楽しみようはありますし(例えば石川禅さんが演じるボニファチオは「夜露姫」における「紅梅の中納言」とは全く違った油ギッシュな役柄)、安心して聴けるという点でも良いのですが、何だかどこかで聞いたことがある感が生じてしまうのも致し方ないところではあります。

【並木陽原作・脚本・脚色作品一覧】
中世ヨーロッパを舞台とした多くの作品を提供された並木陽さんの関連作品の一覧はこちらです。


(補足)
本作品は、当ブログが年末に実施した2019年のリスナー人気投票で第1位の得票を得ました。
本作品のほかに人気だった作品にご関心のある方は別記事をご参照ください。



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