- 作品 : ギルとエンキドゥ
- 番組 : 青春アドベンチャー
- 格付 : B
- 分類 : SF(その他)
- 初出 : 2018年11月5日~11月16日
- 回数 : 全10回(各回15分)
- 作 : 樋口ミユ
- 音楽 : 澁江夏奈
- 演出 : 小見山佳典
- 主演 : 百瀬朔
2101年、人類は自らを不老不死の人間“サピエンスX” (さぴえんす・えっくす)にアップデートさせることに成功していた。
しかし、このアップデートは、胎児のうちに行われると、稀に深刻な自傷行為を繰り返すようになってしまうという大きな秘密を抱えていた。
サピエンスXとして生まれた少年ギルもまた、母ニンスの死をきっかけに抑えられない自傷衝動が生まれてしまう。
しかも同時に、母を殺した使用人エンキドゥに対する殺意も抑えられない。
しかし、母はギルに、エンキドゥとともに、ある場所へ行くように遺言を残したという。
母とエンキドゥの間には何かあったのか。
そして、サピエンスXの存在が示す人の生きる意味とは。
本作品「ギルとエンキドゥ」は劇作家・樋口ミユさんによるオリジナル脚本のラジオドラマです。
樋口ミユさん3作品目のオリジナル
樋口ミユさんと青春アドベンチャーとの縁は深く、最初に青春アドベンチャー向けに脚本を書かれたのは2003年放送の「インテリア・ライフ」中の短編「その本棚は涙を流しました」でした(当時は「樋口美友喜」名義)。
その後、「インテリア・ライフ」以外のライフシリーズにも参加。
そして、2013年の「僕たちの宇宙船」、2015年の「ニコイナ食堂」ではオリジナル長編も担当されており、本作品は樋口さんの青春アドベンチャーにおける3作品目のオリジナル長編になります。
ちなみに、青春アドベンチャーの四半世紀に及ぶ長い歴史の中でも長編を3作品も書き下ろした脚本家さんは極めてレアです。
世界最古の文学作品
さて、本作品のタイトル「ギルとエンキドゥ」からまず想像されるのは、いうまでもなく、世界で最も古い文学作品と称されることもある、古代メソポタミアの「ギルガメシュ叙事詩」(成立は今より4000~5000年前)でしょう。
名称のとおり「ギルガメシュ叙事詩」は古代ウルクの王ギルガメシュが主人公であり、エンキドゥは神が粘土から作った人造人間で後にギルガメシュと親友になる人物として登場します。
「ギルガメシュ叙事詩」は、旧約聖書や「オデッセイア」といった古典中の古典から、日本のコンピューターゲーム(「ドルアーガの塔」や「Fate/stay night」)まで、後生の無数の作品にインスピレーションを提供してきた素材でもあり、本作品もその系譜に連なるものではありますが、ストーリー展開上、本作品はギルガメシュ叙事詩とはほとんど関係ありません。
直接的には名前だけ
というのも、本作品において「ギル」は主人公の名前に過ぎませんし、「エンキドゥ」もサピエンスXにバージョンアップしていない旧型の人類(サピエンス05g)の使用人を示す名称に過ぎません(固有名ではなく職業または身分の名称)。
そもそも舞台が未来に設定されており、一種のディストピアもののSFといえます。
ただし、SF風なのはあくまで舞台設定だけ。
2018年の青春アドベンチャーはSFが多かった年であり、ハードSFの書き手としても知られる小川一水さん(時砂の王)、山田正紀さん(カムパネルラ)、林譲治さん(小惑星2162DSの謎(再放送))の作品が放送されたのですが、本作品はそれらと同一視すべきではないと思います。
抽象度が高く舞台演劇的
実際に聞いていても、SF的な科学考証は全くなく、SF的な設定も作者の主張を具体化するためのアイテムにすぎません。
また、全般に叙情的で、具体的なビジュアルが思い浮かびづらい淡泊な背景描写であったり、登場人物の内面ばかり深掘りするストーリー展開等、いかにも舞台作家さんの書かれた演劇向き思われる脚本。
澁江夏奈さんの印象的なオリジナル音楽や、「僕たちの宇宙船」や「ニコイナ食堂」と同様に今回もやっぱり終盤に登場する「歌」要素と相まって、かなり抽象度の高い作品になっています。
一応、前半はサスペンス風につくって娯楽作品の体裁を整えていた「僕たちの宇宙船」(後半に一気に演劇風になった)と比較すると、前半からわかりやすさを狙っていないという意味で、いっそ潔い良いつくりで、これはこれで脚本家の特徴が現れていてよいと感じます。
10回連続にあわせたテンポ
また、「7つの門」をタイミングよく巡っていく展開などは、1回15分で10回連続で放送される青春アドベンチャーの放送形態を良く考慮したものだと思いますし、第1話で主役のギルがほとんど登場しない展開(主にエンキドゥとニルスの絡みで話は進む)も印象的です。
この辺は脚本家さん(樋口ミユさん)による青春アドベンチャー向けの書き下ろしならではだと思いました。
新しい性向に目覚める?
さて、本作品の主人公であるギルを演じるのは俳優の百瀬朔(ももせ・さく)さん(24歳)。
この他、壊れたサピエンスX収容施設である「イナンナの家」に集められた同世代の若者たち- ホラン(演:植田真介さん)、キリー(演:久井正樹さん)、ディナス(演:永澤洋さん)- が登場したあたりは、青春アドベンチャー随一の腐女子向け作品として一部で熱狂的なファンのいる「僕たちの宇宙船」を彷彿とさせましたが、彼らの集合シーンは余り長くはありませんでした。
むしろギルとエンキドゥ(演じるのは62歳の大橋吾郎さん)という、青年とおじさんのコンビを魅力的に描くことで新たな特殊なファン層を揺り動かそうとしているのかも知れません(笑)
…制作者のみなさま、ご不快に感じられたらスミマセン。どうしても「僕たちの宇宙船」の印象とその影響が強烈だったもので。
そういえば2018年は「カーミラ」というこれまた全く別の性癖向けに振りきった作品もありましたね…
いつもオリジナルな小見山佳典さん
なお、本作品の演出は、オリジナル脚本の作品が多い小見山佳典さん。
オリジナル脚本の長編が増えた2012年以降に制作されたこの手の作品14本のうち半分の7作品が小見山さんの演出作品です。
なお、2017年はオリジナル脚本長編が1作品も制作されなかったのですが、2018年は本作品の他にもオリジナル脚本作品が3作品(メゾン・ド・関ケ原、なにわ純情ナイトメア、暁のハルモニア)も制作される珍しい年になりました。
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