昼も夜も彷徨え 原作:中村小夜(青春アドベンチャー)

格付:A
  • 作品 : 昼も夜も彷徨え
  • 番組 : 青春アドベンチャー
  • 格付 : A+
  • 分類 : 歴史時代(海外)
  • 初出 : 2022年3月6日~3月17日
  • 回数 : 全10回(各回15分)
  • 原作 : 中村小夜
  • 脚色 : 並木陽
  • 音楽 : 関向弥生
  • 演出 : 成河
  • 主演 : 藤井靖

12世紀。ヨーロッパ・イベリア半島にイスラム教徒が跋扈し、中東・エルサレムを十字軍という狂気が支配していた時代。
2大宗教の圧迫が強まる中、ユダヤ教徒はその内部でも独善的なラビ(宗教指導者)による排他的な指導体制を敷いていた。
そんな時代にひとりの若いユダヤ人神学者がラビたちの独善的な主張に異を唱える。
イスラム教の信仰告白をしてでも生き延びるべきだ。
しかし、彼自身は違う道を選ぶ。
自由だけは手放せない。
だからそれ以外の全てを手放して逃げる。
逃げて己の信条が守れる場所を探して昼も夜も彷徨い続ける。
風のように彷徨い続けるその生き方こそ彼の精神の姿そのものだった。



本作品「昼も夜も彷徨え」は中村小夜さんの小説「昼も夜も彷徨え マイモニデス物語」をオーディオドラマ化した作品です。

マイモニデスとは

「マイモニデス?なんじゃそりゃ?」と思われると思いますが、これは本作品の主人公たるモーセ・ベン・マイモンのラテン語標記のようです(作中では父ラビ・マイモンの息子という言い方も)。
この主人公モーセはWikipediaではモーシェ・ベン=マイモーンという名前で記事があります(外部サイト)。
私は世界史に詳しくないので知りませんでしたが、ユダヤ哲学者、思想家として超有名な方のようです。
有名な方と言えば、同時代人で最も有名なサラディンも本作品には登場しています(演:川口覚さん)。

さまよえるユダヤ人

さて、本作品は学問と自由を求めて地中海世界を彷徨ったモーセとその家族の物語ですので、前半5回だけで何度も移住しています。
生まれはスペイン・アンダルシアですが、物語のスタートはフェズ(モロッコ)。
そこから一気に東方へ移動しアッカ(シリア)へ、さらにカイロ近郊のフスタート(エジプトへ)。
まさに彷徨っています。
この辺は原作者の中村小夜さんがTwitterで「後追い実況」をされていますので、場所を確認されたい方はご覧になっては如何でしょうか。

アンダルスつながり

さて、アンダルシアときいて番組ファンのみなさまはきっと「悠久のアンダルス」を思い浮かべたのではないでしょうか。
実際、「悠久のアンダルス」も同じ12世紀半ば(本作品より少し前?)が舞台であり場所的にも時代的にもかなり近く(両作品でムアヒド王朝が登場する)、イスラムとキリスト教の狭間を描いているという意味でも類似しています。
「悠久のアンダルス」の作者が本作で脚色をしているわけですし、続編的に聴くと面白いかもしれません。

彷徨⇒冒険がメインではない

ただ本作品は本質的にアクティブな冒険ものではなく、モーセの内面の葛藤あるいは身近な人物たちの会話を通じた思索を描くもの。
作中で終盤に、生きることそのものが旅、たどり着けない地を求め続けることこそが人生、という意味のセリフがあることからもわかるとおり、本作品の本領は、前半で描かれるモーセ一行の彷徨の姿よりも、むしろ後半5回で展開される登場人物たちの対話シーンなのです。

後半5回の聴きどころ

まず第6回で繰り広げられるモーセが苦悩するシーンの成河さんの演技は「暁のハルモニア」終盤の海宝直人さんの演技に匹敵する迫力。
そしてその後に展開される、モーセと義妹ライラの会話、モーセとエジプトの宰相ファーディルやサラディンとの論戦、そしてモーセと弟ダビデとの心の中での対話。
後半、こういった会話と思索に絞った結果、ストーリーはそれをつなげただけのようなものですが、この思い切りが作品を成功させていると思います。
ハプスブルクの宝剣」でも思いましたが並木陽さんは小説家ではありますが、枝葉を切って整えていくのがうまく脚色の腕も確かだと思います(末尾の追記をご参照ください)。
まあ本作品の良い印象には関向弥生さんの音楽も大いに貢献していると思いますが。

他作品との関係

なお、本作品、先ほど述べたように時代的には「悠久のアンダルス」が近いですが、学者が主人公という意味では「暁のハルモニア」が、東地中海世界が舞台という意味では「紺碧のアルカディア」が、改宗ユダヤ教徒がキーとなる意味では「1492年のマリア」や「ハプスブルクの宝剣」に関連性があります。
「1492年のマリア」以外はすべてが並木陽さんの関連作というのはすぐにわかるのですがですが、実はすべての作品が藤井靖さんの演出作品です(そういえば「また、桜の国」でもユダヤ系のヤンが登場しましたね)。
藤井作品、なかなかの宗教濃度ですが、ストーリー自体が特段宗教臭いわけではありません。
これらの作品の主人公達もどちらかというと宗教からの自由を求める立場ですし。
そういえば、藤井さんとは関係ない「サマルカンド年代記」(2010年)がイスラム社会を扱っていますが、こちらもイスラム世界では異端的な人物が主人公でしたね。

うじうじ系3主人公

さて、本作品で主人公のモーセを演じるのはもはや青春アドベンチャーではお馴染みの成河(ソンハ)さん。
白狐魔記」シリーズや「武揚伝」、「東の国よ!」、「ウブヒメ」で日本の歴史もののイメージが強い成河さんですが、青春アドベンチャーでの最初の本格的な役は「レディ・パイレーツ」のウイリアムなので西洋ものがはじめてというわけではありませんね。
本作品での演技は、同じ文系・うじうじ系・頭でっかち系主人公である、「暁のハルモニア」のヨアヒムを演じた海宝直人さん、「1492年のマリア」でアロンソを演じた中川晃教さんと並ぶ印象的な演技だと思います。

ヒロインは誰か

またヒロインのライラを演じるのは元宝塚トップ娘役の咲妃みゆさん。
青春アドベンチャーでは「ベルリン1989」(現代劇)、「悠久のアンダルス」以来のご出演です。
ただ、このライラ、ヒロインとは言え、主人公モーセの弟ダビデの妻というのが微妙なところ。
実際、作中でモーセは「本当に愛している人とは結婚できない面倒くさい男」といわれています。
ただ、作品をよく聞いていると主人公の相方はむしろライラというより弟、入野自由さん演じるダビデなのは?という気もします。
本当に愛した人ってひょっとして…というのは余計なお世話でしょうか。


【並木陽原作・脚本・脚色作品一覧】
中世~近代ヨーロッパを舞台とした多くの作品を提供された並木陽さんの関連作品の一覧はこちらです。



※2023/4/15追記
原作者中村小夜さんと脚色の並木陽さんがYouTubeで作品を語っている動画があります(生配信だったようですが動画として残っています)。
聞き逃し配信を逃すと再放送を待つしかない、というあたりで微妙な空気になっているのがちょっとおかしいです。
やっぱりアーカイブ配信をして欲しいですよね。
それはそれとして、結構長いですが、ファンの方は必聴だと思います。

コメント

  1. 山田雅彦 より:

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    複雑な宗教対立、複雑な人間関係の物語ですが、脚本、演出の運びのうまさできれいにまとまっているという印象です。独白や会話が多く、アクションが少ないことをどう評価するか。ナレーションに頼らないなら、こういう複雑な話をそういう形で展開するのはありです。理屈っぽさが苦にならなければ、よくできた作品だと思います。原作も読んでみたくなります。

  2. Hirokazu より:

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    山田さま

    コメントありがとうございます。
    確かに今までの並木陽さん脚本の作品はアクション色が強かったので少し戸惑いましたが、後半の対話シーンこそが本作品の本領でしたね。
    そうであるなら「五番目のサリー」のように歪なくらいそのシーン中心にしてもよかった気がしますが、全般的にバランスの取れた良いシナリオだったと思います。
    並木陽さんは小説家で青春アドベンチャーではオリジナル脚本の作品も多いですが、「ハプスブルクの宝剣」もそうでしたが他の方の原作を脚色する力は評価されてよいと思いました。

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