know ~知っている 原作:野﨑まど(青春アドベンチャー)

格付:A
  • 作品 : know ~知っている
  • 番組 : 青春アドベンチャー
  • 格付 : A+
  • 分類 : SF(その他)
  • 初出 : 2015年3月2日~3月13日
  • 回数 : 全10回(各回15分)
  • 原作 : 野﨑まど
  • 脚色 : 山本雄史、西村有加
  • 演出 : 真銅健嗣
  • 主演 : 加藤虎ノ介

近未来の日本。
情報庁で審議官を務める若き天才、御野・連レル(おの・つれる)は、ある日、恩師、道終・常イチ(みちお・じょういち)がプログラムの中に謎のメッセージを隠していることに気が付く。
道終・常イチは、すべての素材を情報の発信源にする“情報材”と、人間の脳に設置し情報処理能力を飛躍的に高める“電子葉”を発明した天才学者である。
まさに彼こそが世界を変えた男だったのだが、謎の失踪を遂げていたのだ。
御野・連レルはメッセージの真偽を疑いながらも、恩師の失踪の真相を知るために行動を開始する。
そしてそこで、ある驚くべき人物と出会うのだった。



世界は単純で美しい

昔、物理の初歩の初歩を学んだとき。
例えば、すべての物質は原子からできており、その原子も電子と陽子と中性子の組み合わせからできていると習ったとき。
例えば、落下速度が一定の計算式で計算できると聞いたとき。
世界が、美しく単純な法則に支配されているのだとしたら、例え今はまだ人間の技術力が追い付いていなかったとしても、いずれ人間はすべてを説明できるようになるのではないか。
台風の進路も、明日どこで事故が起きるかも、他人が何を考えているかも、そして未来に起こるすべてのことをも。
この作品「know~知っている」を聴いていて、昔、そんなことを考えたことを思いだしました。

know、脳、No…

さて、個人的な思い出はともかく本作品の紹介を始めますと、本作品「know~知っている」は、野﨑まどさんのSF小説「know」を原作とするラジオドラマです。
ラジオドラマとしてのタイトルは「know ~知っている」であり、「~知っている」の部分が追加されています。
これは恐らく、ラジオドラマは音声だけなので、音声だけで「ノウ」と聞くと、「No」とも「脳」とも聞き取れてしまうことから、わかりやすくするためにつけたのだと思います。

意図的なダブルミーニング

もっとも本作品は人間の脳を補助する「電子葉」なる存在が重要な要素になっていることから、この「ノウ」は原作の段階からある程度、「know」と「脳」のダブルミーニングを意識したタイトルだったのだと思います。
というのは、このような音を利用した錯覚、あるいはサブリミナル効果は、原作者さんが意識して使っているように感じられる部分が他にもあるからであり、例えばヒロインの「道終・知ル」(みちお・しる)は「道を知る」という風にも聞こえます。
…などと考えていると、原作者さんの名前の「野﨑まど」(のざきまど)まで「のぞき窓」(のぞきまど)に聞こえてきてしまいました。
すみません、冗談です。
野﨑さん、ファンの皆様、失礼いたしました。

ライトノベル⇒本格SF

それでは寄道はほどほどにして、本題に移りましょう。
本作品は日本SF大賞にノミネートされた本格的なSF作品です。
青春アドベンチャーではSF作家の書いた本格的なSF作品は意外と少なく、最近では、2006年の「太陽の簒奪者」、2010年の「移動都市」、2014年の「小惑星2162DSの謎」くらいでしょうか。
そういった点でかなり希少な作品です。
しかし野﨑さんご自身はSF一本槍の方ではなく、もともとはライトノベル作家として認知されていた方だそうです。
その点では「イカロスの誕生日」の小川一水さんと似たような経歴であり、今後、小川さんのように本格的なSFをたくさん書いていただけるとうれしいです。

アレルギーなし?

そもそもSF作家にはライトノベルにアレルギーのない方が多いように感じます。
本作品の少し後、2015年4月に「チョウたちの時間」が青春アドベンチャー化される山田正紀さんも、「神狩り」などで知られるベテランSF作家ですが、ライトノベル的な作品も多数書かれています。

内面への旅

さて、先ほど小川一水さんのお名前を出しましたが、小川さんの作品は以前別記事で紹介した「天涯の砦」でわかるように宇宙への偏愛が感じられるのですが、野﨑さんが本作品でテーマにしているのはネットワークや情報処理。
どちらかというと人の内面への旅ですが、「アルジャーノンに花束を」や「マトリックス」を引き合いに出すまでもなく、これもSFの一つの形です。

演出次第

本作品で舞台となる2081年では、6歳になると「電子葉」を脳に埋め込むことになっており、その面ではとてもSF的ですが、場所はあくまで日本の京都であり、一般的な風景は現在とさして変わっていないようです。
そのため広い宇宙を旅するようなスケール感、冒険感はないのですが、現実と情報世界を融合させたようなバトルシーンを作ることにより十分、外連味のある展開になっています。
また、当初、作品の縦軸になるのではないかと思われた、主人公の恩師・道終・常イチの居場所探しがあっさり終わってしまうなど、なかなか意外な展開で、前半を通して聴いていて飽きることがありませんでした。

スケール感は若干残念

ただ、後半については、クラス9という途方もない情報処理能力を前面に押し出していながら、結局、京都という狭い範囲における小競り合いと情報収集に終始しているため、どことなく箱庭の中を見ているようで突き抜けた展開にならないことにややスケール不足の感を受けました。
また、道終・常イチ教授やヒロイン道終・知ルの究極の目的も、(ネタバレになるので書けませんが)「結局、それですか」という印象がぬぐえませんでした。
本作品を演出されたのは、私の好みに合う作品と全く合わない作品の両方を送り出してくれる真銅健嗣さんです。
前半を聴いていたときは前者になるのではないかと期待していたのですが、知りすぼみ…ではなかった、尻すぼみというほど失速した訳ではないものの、どこか微妙に乗れなかった後半でした。

常連出演者

さて、本作品の主人公であるを御野・連レル役(おの・つれる)を演じているのは、俳優の加藤虎ノ介さん。
NHK-FMではFMシアターに多く出演されているほか、青春アドベンチャーの「シュレミールと小さな潜水艦」で、斜に構えていながらなかなか男気のある猫・シュレミールを好演されていました。
このまま青春アドベンチャーの常連になるのか、楽しみなところです。
常連といえば、本作品には青春アドベンチャー系列のラジオドラマで、「魔弾の射手」、「マドモアゼル・モーツァルト」、「タイムスリップ川中島」、「あでやかな落日」など、1980年代から最近まで常連的に出演されているベテラン・磯部勉さんも出演されてます。
磯部さん、序盤に登場したまま一向に再登場しないのでどうなっているのかと思いましたが、終盤にきちんと重要な役割を持って再登場しますので、ファンの皆さまは安心してお聞きください。
それにしても磯部さん、相変わらずいい声しています。

18歳のヒロイン

また、ヒロインの道終・知ルを演じるのは女優・歌手の宮武美桜(みやたけ・みお)さん(18歳)。
先日放送の「予言村の転校生」の葵わかなさんといい、NHK-FMのスタッフの次の世代の主演女優さん探しに怠りはないようです。
映像がないラジオドラマは、その方のしゃべりのうまさとか、声の“味”とかがそのまま作品の質に直結してしまいます。
正直、現時点の宮武さんの演技は今後に期待としか言いようがないのですが、石川由依さんや朝倉あきさんも最初は似たようなものでした。
是非、継続してチャレンジしていただきたいものです。


(補足)
本作品は、当ブログが年末に実施した2015年のリスナー人気投票で第5位の得票を得ました。
本作品のほかに人気だった作品にご関心のある方は別記事をご参照ください。


コメント

  1. 森 格之進 より:

    SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    こんばんは。
    私も理系なので「結局、それですか」とお感じになるのも分かるのですが、「読者・リスナーの大多数が納得できる(共感できる)内容」という制約がありますから致し方ないところでしょう。ラストの描写はあまりにあっさりとして拍子抜けでした。ひょっとしたら原作とは違うのかもしれません。
    14歳で人間として「無垢」な役としては、宮武さんの感じはむしろよかったような気がします。ツレルとしては、シルに戸惑いつつもクールに振る舞いメンツは保つ感じを加藤さんは上手く表現されていましたね。数々の曲者役をこなしていらっしゃる方ですし、その辺はさすがでした。
    磯部さん相変わらずいい声ですね。今回は相手が少女なのでアクの強さが引き立ってちょっと引きました。テレビ・ラジオ問わず悪役で起用されることが多いですが、個人的には「あでやかな落日」のような主役または味方役をやってほしいところです。
    名の通った俳優さんにとって、ラジオドラマのお仕事はあまり魅力的ではないかもしれませんが、やはりこの番組には上手い人がキャスティングされるので聴いている側は楽しみですね。

  2. Hirokazu より:

    SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    コメントありがとうございます。
    どうも疲れているときに記事を書くとコメントが言葉足らず&過激になりがちのようでして、ご不快だったらご容赦ください。

    この欄はあまり目立たないと思いますので、ネタバレ覚悟で書きますと、あのラストも、作品の終わり方としてはさほどいやだったわけではないのです。
    どちらかというと、人類最高の頭脳たる道尾教授が最後に知りたいと考えたのが「死後の世界」というのでは、オカルトに囚われて晩節を汚してしまった多くの科学者とかわらないような気がして、釈然としなかったのが大きいのです。
    作中の世界も理想郷とは程遠い世界のようですし、死後の世界を考える前に、現実世界で科学が解決すべき課題はたくさんあるだろう、と。
    この辺は完全に個人的な思いの部分です。
    基本的にはハッピーエンドがとても好きです。

    あと宮武さんについての書き方もちょっと嫌味っぽかったでしょうか。
    確かに変に上手い声優さんを持ってくるよりも、宮武さんの無垢さが合っていたというのは森さんに完全に同意です。
    この辺は、「風神秘抄」の記事で書いた石川由依さんにも通じるところがありますね。

    あと確かに加藤さんはうまいですね。
    私はこのブログで何度も「虎之介」と書いてしまったほど(修正済み)、存じ上げなかい方だったのですが、今後もぜひご出演願いたいものです。

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