- 作品 : ロロ・ジョングランの歌声
- 番組 : 青春アドベンチャー
- 格付 : AA-
- 分類 : サスペンス
- 初出 : 2019年3月25日~3月29日
- 回数 : 全5回(各回15分)
- 原作 : 松村美香
- 脚色 : 新井まさみ
- 演出 : 松浦善之助
- 主演 : 大西礼芳
1998年12月3日、赤道近くの島、東ティモールで1人の日本人新聞記者が射殺された。
中瀬稔(なかせ・みのる)享年32歳。私の兄だ。
新聞記者として世界中を飛び回っていた稔兄さんは、行く先々から私に絵葉書を送ってくれた。
最後の絵葉書は東ティモールに渡る直前、インドネシアの世界遺産、ブランバナンのロロ・ジョングラン寺院からだった。
あの時、稔兄さんは何を感じていたのだろう。
そして絵葉書になぜあんなメッセージを残したのだろう。
「俺は運命に逆らうことにするよ」などというメッセージを。
いやーこの終わり方はないでしょう!
それがこのラジオドラマ「ロロ・ジョングランの歌声」を聴いたときの偽らざる第一印象です。
驚くべき終わり方
事件の真相に迫る重要な事実が明かされた瞬間に作品終了。
確かに事件の背景はおぼろげながら見えてきています。
しかし、中瀬記者殺害事件のディテールは何ひとつ描写するに至っていません。
また、冒頭に書いた中瀬記者最後のメッセージの真意も明かされていませんし、そもそも作品タイトルの「ロロ・ジョングランの歌声」が何を示すのかもさっぱり。
確かに全5回は短すぎるが
確かに全5話(15分×5回)のサスペンスもののラジオドラマだと、全体像がよくわからないまま終わってしまう作品は昔からよくありました。
アドベンチャーロード時代の「ドラゴン・ジェット・ファイター」などが典型で、あまりによくわからなかったので、原作者に質問までしてしまったくらいです。
また、NHK-FMの帯ドラマの長い歴史の中でもポリティカル・サスペンスという面で本作品と類似性を有する数少ない作品である「ブルータスは死なず」(アメリカ大統領選を扱った作品)も終盤、曖昧でよくわからない描写があり、原作を読んで内容を確認しました。
いや、やはりおかしい
しかし、この「ロロ・ジョングランの歌声」のわからなさはこれらの作品とは全く異質のものです。
どう考えてもあと5話必要。
というか、全10話の作品の前半が終わったようにしか見えない。
本作品は毎年、アンニョイでわかりづらい作品を制作する名古屋局の制作。
今年の「ロロ・ジョングランの歌声」は内容的なわかりづらさこそない、というか異常にわかりやすいと思って聴いていたら、なぜか結末が異常にわかりづらい。
どうしてこのような放送形態にしてしまったのでしょうか。
もともと原作がこうなのか?とも思ったのですが、原作者である松井美香さんの以下のTweetを見るとこのラジオドラマの脚本は原作から結構改変されているようですので、原作のせいではないのかも(原作の「従兄」が「兄」になっているようでもある)。
私の小説がラジオドラマ化です。ラジオ向けに物語も変更されたので、原作者も展開がわからない???? 楽しみっ!
ロロ・ジョングランの歌声 「兄を殺したのは誰?!」女性記者が東南アジアを駆け抜ける! https://t.co/ioxYpzY9RX
— 松村みか (@mika_xyz) 2019年3月13日
しかし、スタッフならざる身としては、やはりヒントは原作に求めざるを得ない。
早速、原作確認をすることにしました。
その結果はしばしお待ちください(追記をご覧ください)。
大丈夫か、原作者
さて、いきなり脱線してしまいましたが、本作品はODA(政府開発援助)に絡むサスペンスドラマです。
原作者の松村美香さんは若いころに青年海外協力隊の一員としてタイに派遣された経験を持ち、その後、数社を経たのち現在は日本工営のグループ会社であるコーエイ総合研究所に勤務されています…って?ん??
日本工営のグループ企業?おいおいあの日本有数の建設コンサルタント業者でODAの受注額も建設コンサルタント業者で屈指のあの日本工営?!
いいの、こんな作品書いちゃって?
この作品、ODAにからむ手抜き工事とか不祥事の揉み消し工作とか、挙句の果てには殺人?とか描いているんですよ。
作中で自殺者まで出ているし…
いくら疑惑を追う新聞記者の立場に立った作品ではないとはいえ社内的に大丈夫なの?
敵に回すのは社内だけではない
また緊急援助について「スポーツと一緒で汗をかいて走り切って達成感はある。それだけで結局は自己満足。」と言い切っていますし、ODAに絡むうさん臭い関係を「必要悪」といったり、疑惑を追う新聞記者の行動を「彼の振りかざす正義は先進国の正義」と切り捨てたり、全方位に向けて刺激的な言葉をぶつけています。
まあ個人的にも、途上国援助のうさん臭い話は実体験を小耳にはさんだことがありますし、逆に「やらない善より、やる偽善」といった側面にも一定の真実があることも確かなのでしょう。
そもそも、エンターテイメント作品に野暮なことは言いっこなし、とも思うのですが、どうしても松村さんのお立場が気になってしまいます…
妙なリアルさ、硬派な内容
という訳で、硬派という点では近年の青春アドベンチャーではまれにみる硬派なこの作品。
1993年に始まった青春アドベンチャーでは「サスペンス」作品といっても、硬派なものは一握りなのです。
女性主人公のサスペンスという点では「顔に振りかかる雨」や「優しすぎて、怖い」、「オリガ・モリソヴナの反語法」などがありますが、さらに「日本人が主人公」・「舞台が発展途上国で国際政治絡み」・「銃声が飛び交う」まで絞り込むと類似作は皆無。
近いものを敢えて探すのであればFMアドベンチャー時代の「血と黄金」(1984年)や、アドベンチャーロード時代の「謀殺の弾丸特急」(1987年)なのでしょうが、実はこれらとも微妙に雰囲気が違う。
これらは娯楽作品なのですよね、完全に。
それに比較して本作品は、作者の来歴と言い、妙なリアルさがあります。困った作品です。
わかりづらい地名の整理
ところで、本作品で登場する「ブランバナン」、「ボロブドゥール」、「ロロ・ジョングラン」の関係がよくわからなかったので調べてみました。
日本では「ボロブドゥール遺跡」の方が有名ですが、これはインドネシアにある8~9世紀の仏教遺跡。
一方、「ブランバナン寺院群」は9世紀ごろのヒンドゥー教の遺跡群で、「ロロ・ジョングラン寺院」はその中でも代表的な寺院遺跡のことのようです。
両方ともインドネシアジャワ島中部に所在しますが、本作品の舞台となった2006年5月のジャワ島中部地震で大きな被害を受けたのは「ブランバナン遺跡群」の方だけなのだそうです。
ちなみに、作中で出てくる都市名である「ジョグ・ジャカルタ市」はインドネシアの首都である「ジャカルタ市」とは別の場所です。
色々とややこしい…
登場人物の活躍はこれからのはず
さて、最後に出演者についても一言だけ。
主役の藤堂菜々美を演じるのは女優の大西礼芳(おおにし・あやか)さん。
本作品、銃声から始まるハード仕様の作品ですが、大西さんの声質が結構カワイイ系なのが「血と黄金」や「顔に降りかかる雨」との雰囲気の違いを生んでいると思います。
その他、梶尾デスク役の俳優・前川泰之さんが準主役級、といいたいところですが、実は一番準主役に近いのはむしろアグス役のドゥイキ・ヨセフ・クリストファーさんなのかもしれません。
この方、どういう方なのかよくわかりませんが、インドネシアの方なのでしょうか?
いずれにしても彼らが活躍するのは本作品終了以降のはず。
何らかの形で「続き」(存在するのかわからないけど)が聞けないものでしょうか。
これがないと今回本作品につけた格付けの「-」分はどうしても取れません…
(2019/4/26追記)
原作小説「ロロ・ジョングランの歌声」読了しました。
何というか…違うぞ、これ、違うぞ~
いえ、「ドラゴンジェットファイター」のように全くストーリーが違うのではなく、女性記者が兄(従兄)の死の謎とODAの闇を追う、という骨子は同じなのですが、ディテールが随分違う。
中瀬稔が原作の「従兄」から「兄」に改変されているのは上で述べたとおりなのですが、原作での超重要人物である菜々美の恋人・山本和樹がラジオドラマでは登場していない。
実はこの二つの要素は菜々美の、ある個人的な事情、そしてラジオドラマ版では明らかにされていない人間関係に密接に結びついているのですが、その辺が少なくとも表面的にはばっさりカット。
改めて原作とラジオドラマとを比較すると、原作でかなりのウェイトを占める男女のゴニョゴニョがきれいに整理され、ラジオドラマ版の方が随分社会派の作品になった印象です。
そういえばラジオドラマでは駆け出しで考え方も生硬な菜々美ですが、原作では中堅記者の扱いで良くも悪くも結構大人。
終盤には結構な愁嘆場まであったりします。
そして、何より事件の真犯人が全然違うようです。
これだと仮にラジオドラマ版で後半があるとすると、原作とは全く違う展開になるのか?
いや、一方でラジオドラマ版で中瀬稔が遺した最後のメッセージ(運命に逆らう云々)については、むしろ原作よりストレートに原作のラストに結び付いている気もする。
考えれば山本和樹なしでも原作の真犯人にたどり着くこと自体はできなくもない(ラストシーン自体は和樹なしでは成立しないけど)。
うーん、いずれにしろやはりこのまま終わるのは「なし」でしょう。
原作準拠になるのか、全く違う結末を迎えるのか。
やはり続編(後半)が欲しいですね。
コメント