泥棒をつかまえろ! 原作:オットー・シュタイガー(アドベンチャーロード)

格付:AA
  • 作品 : 泥棒をつかまえろ!
  • 番組 : アドベンチャーロード
  • 格付 : AA
  • 分類 : 少年(中高)
  • 初出 : 1989年11月27日~12月1日
  • 回数 : 全10回(各回15分)
  • 原作 : オットー・シュタイガー
  • 脚色 : 石井信之
  • 演出 : 笹原紀昭
  • 主演 : 小磯勝弥

担任の先生や級友たちと一緒に行ったクラス・キャンプ。
天気にも恵まれ、途中まではなかなかご機嫌なキャンプだった。
しかしキャンプ費用の600フランがそっくり盗まれるという事件が発生して雲行きが怪しくなる。
当初はクラスメイトの誰かの犯行と思われたのだが、誰ひとりとして犯人だと名乗り出るものはいない。
重苦しい雰囲気の中、やってきた警官は思い掛けないことを言い出した。
曰く、「今、イタリア人の悪漢、カネヴァリという男が近くにやってきている。その男が犯人に違いない。」
曰く、「カネヴァリが潜伏している場所は大体わかっているが、警察は他の事件で忙しく、すぐには動くことが出来ない。」
曰く、「相手はひとりだ。自分たちでお金を取り返したらいいのではないか。上手くいったら大手柄だ。」

これは自分たちの金を取り返すための正当な行為だ。
彼らはカネヴァリの潜伏先へと乗り込むのだが…



「泥棒をつかまえろ!」
何というストレートなタイトルでしょうか。
そして何とつまらなそうなタイトルでしょうか。
「この作品はタイトルで損をしているな」、正直、そのように感じます。

スイス作家の手による児童文学

今回ご紹介するラジオドラマはスイス人の作家オットー・シュタイガーによる児童文学作品「泥棒をつかまえろ!」をNHK-FMが「アドベンチャーロード」という番組でラジオドラマ化した作品です。
本作品は、少年たちがクラスキャンプで遭遇した、ある事件を巡る作品です。
事件とはいっても、人ひとり死ぬわけでもありませんし、そもそも本作品は事件の謎や犯人の正体を見破るのが主題のミステリーではありません。

教訓とエンターテイメントの両立

あまり書いてしまうと作品の魅力が台無しになってしまうので、書きづらいところではあるのですが、実際に作中で、ある無残な出来事は起きます。
しかし、その犯人を探したりすることは本作品の本質ではなく、そこに至る少年たちの心の動きを通して語られる差別感情や集団心理の怖さなどが本作品のコアです。
舞台が少年たちの集団であること、伝えたい教訓が明確にあることなど、本作品はまさに児童文学ですが、それをエンターテイメント作品として上手く成立させているところに、外国の児童文学の懐の深さを感じます。
思えば「最後の惑星」や「クラバート」にも同じ種類の懐の深さを感じました。
説教くさいだけの作品なんて子どもは読みません。
読まれない教訓に何の意味もない。
エンターテイメント作品としてもきちんと成立させることは、児童文学として必須の要件だと思います。

ドイツ系の作品に良作が多い?

思えば本作品も「最後の惑星」や「クラバート」もドイツ語圏の方の作品。
ドイツ系の人は、ナチスの教訓があるからかわかりませんが、こういうの、上手いなあと思います。
日本でこういった「集団心理の闇」みたいな作品をつくると、どうしても猟奇的だったり過度に湿っぽい因縁話にしたり、センセーショナルな方向にもって行きがちなのですが、本作品はあくまで日常で起きそうなことの延長線上で描いている。
児童文革作品にこの感想は矛盾しているのかも知れませんが、大人だなあと思います。

今の時代にこそ

さて、ストーリーをあまり書けないのは上記のとおりなのですが、少しだけ書いてみますと、今回、私がこの作品に高い評価を付けたのは、放送当時というよりどちらかというと現代の時代背景を踏まえたものです。
正直、四半世紀前に初めて聴いたときはあまり良い印象の作品ではありませんでした(というか内容を忘れていた)。
時代が悪い方向に変化した部分、つまり権威・権力をバックに(しかも自分が強者の立場になっていることにすら気が付かずに)正義を口にしながら少数者をいたぶる言説が蔓延していく現代日本の世相に皮肉にも結果として合う内容になってしまったと思います。

扇動と集団心理

権力はその行為を「命令」するわけではなく、「指摘」するだけ。
しかし、その「指摘」が、誰もが心の奥底に持っている差別感情や社会の持つ同調圧力と渾然一体に練り上げられると、権力者のほんのちょっとした扇動により、民衆側が勝手にそれを命令と捉え、命令だから仕方がないと思考停止をする。
そして、その命令を自分の正義感と一体化させることにより、どこまでも無慈悲に、冷酷になっていく。
「あのときはとても簡単で当然のことだった」(作中のペーターのセリフより)
恐ろしい話ですが、世界史において実際にあったことは皆さんご存知でしょうし、これからも起こりうることなのでしょう。

わが身を振り返ろう

ただ、この作品はそういう民衆の行為を断罪しているのではなく、誰もがそういう主体になり得ることを警告している作品なのだと思います。
興奮状態の時に何が正しいかを正確に判断することは誰にとっても難しいことだと思います。
ただ、自分が権力者や権威の側と同じ事を言っているときは、十分に慎重になるべきなのではないでしょうか。
いかん、結構、説教くさいですね。
本作品のようにスマートに伝えるのは難しいですね。

「たけしくん、ハイ!」の小磯勝弥さん

さて、話を出演者に移しますと、まず主人公のペーターを演じたのは俳優の小磯勝弥さんです。
本作品の4年前、NHK銀河テレビ小説「たけしくん、ハイ!」でビートたけしさんの少年時代を演じて注目されました。
本作品放送時点では17歳でしたので、実際の年齢より少し年少の役を演じた形になります。
作品のナレーション(モノローグ)役を兼任しセリフの多いペーターの役に、役より少し年上の役者を使うことにより、作品が安定したように感じました。

「武蔵坊弁慶」の高橋かおりさん

また、ヒロインのカーリーを演じたのは高橋かおりさん。
本作品の3年前に、連続時代劇「武蔵坊弁慶」で弁慶の娘・小玉虫を演じた姿が忘れられません。
しかし、私、「武蔵坊弁慶」もこの「泥棒をつかまえろ!」もリアルタイムで視聴したのですが、同じ高橋かおりさんだと、この記事を書くまで気がつきませんでした。
30年ぶりの真実の発見…
なお、高橋かおりさんは本作品から約20年後の2006年に、後継番組の青春アドベンチャーで放送された「ベルリンの秋」で、ドロドロの不倫関係を演じることになります。
…月日が経つのは早いものです。

軽々しいのが最高、関根勤さん

そして本作品のキャストでどうしても触れておかなければいけないのは、やはり担任教師シュトラーサー先生を演じたラビット関根ことコメディアンの関根勤さんでしょう。
多様な出演者を誇るNHK-FMのラジオドラマと言えどコメディアンの起用はあまり例がありません(最近ではイモトアヤコさんナイツの土屋伸之さんくらいでしょうか)。
本作品の主人公はあくまで小磯さんが演じるペーターであり、彼らの級友たちなのですが、シュトラーサー先生はセリフがとても多く準主役とも言っても良い位置付けだと思います。
ストーリー進行上も、シュトラーサー先生本人に悪意はないとしても(主に嫌な方向へ)物語をグイグイと引っ張っていきます。
この事件におけるシュトラーサー先生の責任は結構、重いと思います。
しかも、このシュトラーサー先生、最後に生徒たちに向かって「この事件で自分も君たちも多くのことを学んだ」と、しれっと言ってしまうのですが、関根勉さんの独特の「軽さ」のお陰で、まあ仕方ないなあと思ってしまうキャラクターになっています。
ギャグは一切ないんですけどね。

軽々しいのが最高その2、古川登志夫さん

その他、古川登志夫さん(ドラゴンボールのピッコロ)、草尾毅さん(「迷宮百年の睡魔」「オルファクトグラム」など)といったベテラン声優さんが脇を固められているのも魅力です。
この作品の“良心”ジルビオを演じた草尾さんは抑えた演技ながらとても印象的ですし、お調子者で、いいかげんで、変節漢であり、この事件最大の責任者である「警官」を演じた古川さんの演技もいつものとおり絶好調です。
上で書いたこの作品の私の感想を読むと、さぞや重苦しい作品なのだろうと思ってしまうかもしれませんが、実際はそんな雰囲気はなく、気軽に聞ける作品です。
そうなった最大の功績は、やはり終始軽やかなノリの関根さんと古川さんの演技にあると思います。

名作が多い笹原紀昭さん

最後に本作品のスタッフを紹介しますと、この作品を演出されたのは笹原紀昭さん。
A-10奪還チーム出動せよ」を始めとしてアクションものの印象が強いのですが、本作品や「青春デンデケデケデケ」(こちらにも古川さんが出演されていましたね)など日常生活に近い作品もなかなか上手いと思います。

短い尺にあった思い切り

また、脚色は、倉本聰さん主宰の脚本家養成所・富良野塾に一期生であった石井信之さん。
本作品、原作小説の紹介を読むと「親の離婚」や「異性とのつきあい」などもテーマになっているようですが、このラジオドラマ版ではこの辺はバッサリとカットされています。
本作品はアドベンチャーロードの通常の枠(10回)の半分の5回と短い作品であり、この辺の脚色上の思い切りの良さも功を奏していると思います。

【笹原紀昭演出の他の作品】
アドベンチャーロード期を中心に多くの傑作アクション作品を演出された笹原紀昭さん。
演出作品はこちらに一覧を作っています。


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