クラバート 原作:オトフリート・プロイスラー(青春アドベンチャー)

格付:AA
  • 作品 : クラバート
  • 番組 : 青春アドベンチャー
  • 格付 : AA
  • 分類 : 伝奇(海外)
  • 初出 : 2016年3月14日~4月1日
  • 回数 : 全15回(各回15分)
  • 原作 : オトフリート・プロイスラー
  • 脚色 : 田中攝
  • 音楽 : 山本清香
  • 演出 : 木村明広
  • 主演 : 上村祐翔

時は18世紀の始め。
今のドイツとポーランドの間にある王国。
14歳の少年・クラバートは、家々を訪ねて賛美歌を歌い、施しを受けることで生きのびてきた浮浪児だったが、ある日、声変わりで歌を歌えなくなってしまう。
絶望し、仲間の元を離れたクラバートだったが、不思議な導きによって「水車場」(すいしゃば)を営む「親方」のもとに弟子として住み込むことになった。
来る日も来る日も水車で麦を粉にする日々。
労働は過酷だったが、とにもかくにも清潔な寝場所と十分な食事を得られたことにホッとしたクラバート。
しかし、この水車場には不思議なことがあることに気が付く。
なぜ渡された洋服は自分にぴったりだったのか。
疲れ切った時に職人頭のトンダが唱えてくれたのは呪文?
滅多に使わない特別な臼で挽いていたのは…骨…?
そして、ある夜、親方に呼ばれたクラバートはこう告げられる。
「お前がこの水車場に来て3か月が経った。改めて正式に契約を交わそう。今日から粉ひき以外のことも教える。ここは魔法の学校だ。お前に今日から魔術を教える…」



この「クラバート」は、「大どろぼうホッツェンプロッツシリーズ」で知られるドイツの作家オトフリート・プロイスラーの児童文学作品を原作とするラジオドラマです。

原作は宮崎駿さんも好き

Wikipediaによれば、原作の「クラバート」は、かの宮崎駿監督が特に好きな作品で、「千と千尋の神隠し」の際にも参考とした作品だそうです。
そういえば、序盤の「不思議な世界に迷い込み、そこで働かされる少年(少女)」という流れは同一ですし、終盤の展開も…
スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーによれば、宮崎駿監督もラジオドラマが好きだそうですので、ひょっとしたらこの作品を聴いているかもしれませんね。

中世ヨーロッパが舞台

さて、本作品の舞台は、上記のとおり作品冒頭に18世紀ヨーロッパと明示されているため、本ブログでのジャンルは一応「伝奇」としましたが、特に歴史背景に関する知識が必要とされるストーリーではありません。
NHKの公式HPでも「宿命と戦う」「愛と自由を謳い上げるファンタジー」としておりますし、実際に聞いてみても、「魔法」が随所に出てくるなど、異世界ファンタジーに近い趣の作品です。
とはいえ、例えば「スピリット・リング」(ロイス・マクマスター・ビジョルド原作)のような単純な冒険活劇ファンタジーではなく、「主人公の周囲の状況が謎をはらんでいる」、「少年(少女)が集まって集団生活をしている」、「狭い世界だけで物語が進行する」という点で、今までの青春アドベンチャー作品で近い雰囲気を持つのは純ファンタジー作品である「ニコルの塔」だと思います。

テーマは自由

ところで、この公式HPの「愛と自由のため」のうちの「愛」ですが、確かに終盤、「愛」が重要な要素にはなるのですが、別段恋愛要素が強い作品ではありません。
それは声優の相沢舞さんが演じるヒロインの名前が結局最後まで出てこない(キャスト紹介上は「少女」)ことからもよくわかると思います。
むしろキーワードになるのは「自由」の方です。
実はこの作品、児童文学を原作とする作品なのですが、魔法学校のあまりのブラック企業っぷりを聴いているうちに社会人の方が胸が痛くなる作品ではないかと思い始めました。

いつの時代の話?

必死に探してようやく潜り込んだ職場。
これで食いっぱぐれがなくなると安堵するのもつかの間、始まる理不尽な所業。
上司の言動に反対することも疑問を持つことも許されない服従が強制される職場。
自分がやっていることが正しいのか、そうではないのか。
最初は疑問を持っていたとしても、忙しすぎて考えることもなくなっていく。
何より怖いのは、気が付くと、自分の意思で話しているつもりで会社の方針を話す様になっていること。
つまり、だんだん、自分の意思がなくなっていく。

君はクラバートになれるか

もちろん「人間」になるということは人の立場も考えられるようになること。
学生の浅薄な正義感(実は自分が気持ちいいだけの理屈だったりする)など他者からみれば何の意味もないことに気が付くのは大切なことです。
しかし、それでも「これは違うだろ」という思いを持ち続けられるか否か。
奴隷として安楽に死んで行くことをよしとするのか、嵐の海であっても自由に漕ぎ出すことを選ぶのか。
つまり、あなたはリュシコーや「親方」になるのか、「クラバート」でいられるのか。
…と書いても学生さんには何のことやら?という感じかもしれませんが、この作品は学生さんに突き付けられた刃だと思います。
まっ私はクラバートにはなれませんでしたが、せめてユーローのようにはありたいものです。

大人になること、現実と戦い続けること

以上、この記事では「クラバート」を一種の「蟹工船」(小林多喜二)として捉えた訳ですが、水車場の支配者である「親方」もまた、さらに上位の「大親分」の奴隷でしかなかったりするあたり、妙に現実の社会を模倣しているようで怖い作品です。
その親方が最終回で叫ぶセリフは、自身もまた社会の現実と格闘してきた過去を示しているようで、ちょっと「砂漠の王子とタンムズの樹」の「大王」の終盤のセリフを思い出しましたが、よく考えると全然違いますね。
少なくとも「大王」は、自分が「現実」の奴隷となることは逃避に過ぎないと自覚していたと思います。

劇団ひまわり所属の上村祐翔さん

さて、主人公のクラバートを演じるのは、「光の島」(当時9歳で主演)、「吸血鬼」(少年探偵団・小林少年役)、「僕たちの宇宙船」(20歳で主演)など、青春アドベンチャーではお馴染みの上村祐翔さん。
この2016年は本作品と11月放送の「文学少年と運命の書」の2作品に主演されました。
上村さんは22歳時点の現在も引き続き劇団ひまわりに所属されています。
劇団ひまわりは、上村さんのほか、内山昂輝さん(海辺の王国)、本城雄太郎さん(世界でたったひとりの子)、宮野真守さん(バッテリー)、三村ゆうなさん(押入れのちよ)、宮本侑芽さん(なくしたものたちの国)など、青春アドベンチャーに多くの主役級の子役を輩出しています。
さすが子役といえば劇団ひまわり。

その他のキャストもなかなか

その他では、謎の男「親方」を演じている江川央生さんの凄みのある声や、職人頭トンダ(タンダじゃないよ)を演じる三浦祥朗さんのイケボも印象的です。
また後半戦の一番の注目は、どんどん重要な役になっていくユーロ―を演じた土田玲央(れいおう)さんでしょう。
その他、「サラマンダー殲滅」も懐かしい塩田朋子さんの語りも落ち着いていて好ましいです。

山本清香さんの音楽

最後にこの作品にふさわしいムードのある楽曲を提供して頂いた山本清香さんを紹介せねばなりません。
本作品で青春アドベンチャー4作品目となる山本さんですが、本作品のテーマ曲は、勢いのある「小惑星2162DSの謎」と、ミステリー感のある「ニコルの塔」の中間のような楽曲で、いつもながら作品世界を盛り上げるのに力を貸していると思います。
さすが多くの劇伴(土曜ワイド劇場 「警視庁・捜査一課長」など)、テーマ曲(「Go!プリンセスプリキュア」エンディング曲など)、CM曲(東急不動産 東急プラザ銀座CM「開業告知」篇など)を手掛けている山本さんです。


(補足)
本作品は、当ブログが年末に実施した2016年のリスナー人気投票で第3位の得票を得ました。
本作品のほかに人気だった作品にご関心のある方は別記事をご参照ください。




コメント

  1. コン より:

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    「食いっぱぐれがくなると安堵する」ではなく「食いっぱぐれがなくなると安堵する」
    「でいられのか」ではなく「でいられるのか」
    ではないでしょうか。

    初めて15回構成の作品を聴きましたが、面白くて長いとは感じませんでした。流石人気投票第3位に輝いた作品ですね。
    印象的だったのは「親方」を演じている江川央生さんの渾身の演技ですかね。この方の悪役の演技で作品が緊迫した空気に包まれて聞き入ることができました。

    この作品の主人公クラバートは物乞いをしながら蔑視や軽蔑されます。また、自分の声が思うように出ない状況に苛立ちやみんなの荷物になっている気持ちもあったでしょう。
    一方、親方は魔法が使えるということで嫌われて世間と断絶し、捻くれた考え方を持つようになります。クラバートの好きな女の子を魔術で助けたシーンで女の子の周りから気味悪がられたことでこの時代はまだ魔術が容認されていないことが分かります。
    クラバートと親方は同じ傷を共有していますが、不貞腐れているのは親方だけでしょうか。もし親方のことを認めてくれた人が一人でもいたら物語は大分変わっちゃったかもしれませんね。

  2. Hirokazu より:

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    コン様

    誤字のご指摘ありがとうございます。
    わが家でも私の「親方の真似」が大うけしました。

    それはともかく、クラバートの世界が現実世界の暗喩だとすると、親方は資本家に使われてエリート風をふかしている中間層の象徴なのでしょう。
    そう考えるとあまり同情する気にもなれません。
    哀れなのは確かだと思いますが。

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