- 作品 : 天涯の砦
- 番組 : 青春アドベンチャー
- 格付 : AA+
- 分類 : SF(宇宙)
- 初出 : 2025年3月10日~3月28日
- 回数 : 全15回(各回15分)
- 原作 : 小川一水
- 脚色 : 山本雄史
- 音楽 : 山下康介
- 演出 : 木村明広
- 主演 : 古河耕史
「軌道複合体・望天で重大事故発生か」
衛星軌道上の宇宙ステーション・望天で爆発事故が発生しました。
望天は質量5万5千トンを超える宇宙施設で、月の各基地への中継地点であるとともに、人工衛星へのサービス提供拠点であり、無重力を提供する工場用地であり、900名もの客を収容するホテルでもあります。
事故により望天に12あるセクターのうち第4セクターが、係留されていた月往還船「わかたけ」とともに剥離し、軌道上を浮遊。地球に落下する可能性も懸念されています。
事故の詳細は現時点で不明ですが、分離した第4セクターで気密が保たれている可能性は低く生存者の存在は絶望的とみられています。
2000年の「イカロスの誕生日」、2018年の「時砂の王」に続く、小川一水さん原作の3作品目の青春アドベンチャー作品がこの「天涯の砦」です。
小川一水さんとは
小川さんはもともと1993年に第3回ジャンプ小説・ノンフィクション大賞で佳作入選してデビューされた方でもともとはラノベ色の強い作家さんでしたが、徐々に本格的なSFにシフト。
「第六大陸」(2004年)、「老ヴォールの惑星」(2006年)、「天冥の標」(2020年)で日本SF界では特に権威のある星雲賞を受賞しています。
特に「天冥の標」は2015年時点から遠い未来までの人類の歴史を追った一大叙事詩で(大長編でありながら1巻ごとに趣向が異なるのも特徴)、星雲賞のみならず日本SF大賞も受賞しています。
ハードSFではあるが
本作品の原作小説「天涯の砦」はそんな小川一水さん作品の中でもかなりハードSF寄りの作品です。
ただこのオーディオドラマ版は、原作では至る所にちりばめられているSF的なギミックの説明はやや控えめとされパニックサスペンス的な要素に振った脚本になっています。
SF要素を解説し始めるときりがないのでオーディオドラマとしてはこれはこれでよいのではないと思いました。
実は推薦していた
ところで、当ブログではブログ開始初期の2012年10月に2回にわたって「青春アドベンチャーにして欲しい作品」として小川さんの作品を紹介していた(その1、その2)のですが…
なんと!その時に紹介していた作品の一つがこの「天涯の砦」!!
NHKのスタッフがこのブログを見て選んでくれた!…とは思いませんが、なんにしろ嬉しいものです。
やはりハラハラドキドキ
さて上記の記事でも書いたのですがこの作品が青春アドベンチャーにあうと思った最大の理由は本作品が災害パニックサスペンスであること。
情感あふれる感動作があってももちろん良いのですが、私はやはり青春アドベンチャーにはハラハラドキドキの冒険ものを放送して欲しいのです。
過去を思い出しても、月面を舞台に観光船が事故に巻き込まれる「渇きの海」(1984年)、同じ1993年に放送されたマイクル・クライトン原作の「ジュラシック・パーク」と「スフィア」、航空サスペンスの傑作「着陸拒否」、身近な舞台設定の短編ながら緊張感に満ちた「バスパニック」などパニックものに良作は多い。
「天涯の砦」もそれらの系譜に連なるに足る作品になると期待したのですが…
第2話からハラハラドキドキの連続
まず第1話を聞いた感想は「う~ん…」というもの。
状況説明と登場人物説明に終始しており正直テンポがあまりよくない。
主演の古河耕史さんの声が、同じく主演された「深夜プラス1」のあまり良くない印象を連想させてしまうのもちょっと…と思ったのですが。
第2話以降は一気にスピードアップ。毎回いいところで終わる!
いいじゃないですか。
これでいいんだよ、俺にはこんな作品がお似合いなんだ、と思わず井之頭五郎風につぶやいてしまいそうです。
正直、原作を読んだのがだいぶ前でかなり展開を忘れてしまっていることが奏功して気もしますが、エンタメに小賢しい教訓はいらない、ハラハラしながら楽しめればよいんですよ(といいつつ、割と綺麗に終わるのでその辺の心配はしないで大丈夫です)。
気になる点も少し…
ただ脚本的にどうしても格付けAAAがつけられないなと思った点が2点ありました。まず1点目が登場人物の言動に身勝手なものが多く彼らに共感しづらいこと。極限状態におかれているので仕方がないのですが、功とかキトゥンとか多分普段から性格悪いんだろうなあと感じざるを得ません。その他、英美と甘海の主役ペア?も人生展望が見えず不安定な時期だったとは思うのですが愚痴とか他人批判が多いし、田窪先生だって何もあんなタイミングでトリアージの話を始めなくても…作品一冷静な久我山(こういう人の子孫がアンチョークスになったのかな、というのは小川一水オタクらしい感想)も「彼」の危険性を事前にもっとうまく伝えられていたら被害は小さくて済んだ気がします(誰が敵か判断できなかったのでしょうが)。この辺のキャラクターに感情移入できない程度は割と初期の小川一水作品に共通した欠点(個人的には「第六大陸」もあまり共感できなかった。「復活の地」は好きなのですが。)で原作がこうなので仕方がないと思うのですが、もうひとつの気になった点は脚本上のつながり。
説明不足?
なんとなく説明不足に感じるのですよね。例えば功の心情変化とか、田窪先生の最後の決断とか、英美の14話冒頭の選択に当たっての葛藤とかもう少し納得できるように過去に遡って伏線を貼ってほしかった。また、いつの間にか月へ向かう軌道になっていたり、その月へ向かうことも最初は絶望の原因としていたのに最後にあっさりクリアしていたり、展開も説明不足。せっかく全15話と長めに枠が用意されて詳し目に伏線を貼ることができたはずなので、後出しっぽく感じられる場面はなるべく少なくして欲しかったと思いました。まあやりすぎると全編伏線の「六人の嘘つきな大学生」みたいになってしまうのですが。
山下康介作曲作に外れなし…のはず
あと山下康介さんのオリジナル劇伴がいまいちフィットしていない感じがするのも少し残念。
私は「山下康介さん音楽の作品に外れなし!」という意見(ジンクス?)を持っておりまして、実際、「風神秘抄」、「ピエタ」、「泥の子と狭い家の物語~魔女と私の七十日間戦争~」、「いまはむかし~竹取異聞~」、「1492年のマリア」、「帝冠の恋」、「また、桜の国で」とすべての作品にAA-以上の格付けを付けています。
抒情的な作品に山下さんのしっとりとした音楽が付いた時の品の良さは青春アドベンチャーでも有数だと思います。
ただ本作品には「小惑星2162DSの謎」(音楽:山本清香さん)のような勢いのある楽曲のほうが良かったような気がしなくもなく。
ただ作品全体の出来からすると今回もジンクスは守られたと思っています。
おっとストーリーを忘れていた
で…どんなストーリーなのさ、という声が聞こえてきそうですが、まああれですよ、いわゆる閉所災害パニックものという言葉に尽きます。
事故にあった宇宙ステーションが本体から分離し取り残され10人が連絡を取り合いながらピンチを切り抜いけていくという典型的なストーリー。
問題は事故により部分的に真空になってしまった空間が介在し、遭難者たち自体もそれぞれ孤立してしまうこと。
その結果、空調ダクトを通じて声で連絡を取り合うしかない(それも直接通じる人とそうでない人がいる)のですが、この「声だけで連絡を取り合う」というシチュエーションが実はオーディオドラマ向きということに改めて気が付きました。
生存者たち
もちろん空調ダクトで連絡が取れるといってもそう簡単に危機は去っていかない。
生存者は以下の10人なのですがそれぞれ置かれた状況が異なり、なかにはなぜか脱出に積極的ではない人物(裏切者?)すらいる。
その人物が誰なのか。
想像しながら聞くのも一興でしょう。
それにしても声優としても有名な方が出演されていらっしゃるのが本作品の特徴ではあるのですが、有名声優とはいえ、広田弘明さんとか、小林親弘さんとかチョイスが渋い!
おふたかとも最近の青春アドベンチャーでは常連的な出演者(最近では平田さんの「ピアノdays」とか小林さんの「リニューアル」とか)ではあるのですけどね。
- 二ノ瀬英美(望天のメンテナンス係)…古河耕史
- 長柄甘海(月で就職希望の25歳)…生越千晴
- 久我山徹夜(月面人の制御環境学者)…小林親弘
- 田窪省吾(月在住の心臓外科医)…平田広明
- 門前洋一郎(望天の特殊技術員)…奥田洋平
- 大島功(月へ留学予定の秀才)…藤堂日向
- キトゥン(いいとこのお嬢)…村田寛奈
- ハル(お嬢のとりまき)…松本祐華
- 佐久間啓太(旅行中の8歳の兄)…佐藤亜美菜
- 佐久間風美(旅行中の6歳の妹)…大木咲絵子
アクセントが気になる
ところでどうでもよいことなのですが本作品のタイトル「天涯の砦」の「てんがい」の部分、どういうアクセントだと思います? どこかにアクセントを置かない「天蓋」と同じフラットな読み方をイメージしていたのですが、このオーディオドラマ版では最初にアクセントがある「店外」の読み方。 気になって仕方がなかったのは私だけでしょうか。
平面図を引用!
さて、最後にちょっと著作権的に微妙な感じではあるのですが出典を明記すれば引用の範囲内かなと思い、思い切って単行本に付属している舞台の平面図を添付します。
聴取にお役立てください。
(↓クリックで拡大できます)
出典:「天涯の砦」(小川一水著、早川書房)
コメント
まだ録音を聞いている途中ですが、ながら聞きでは状況変化についていけなくなる、なかなか聴きごたえのある作品と思いました。
さて、平面図、Googleブックスでも無料範囲で閲覧できました。望天の全図もありました。ご参考まで
https://books.google.co.jp/books?id=s9dNBwAAQBAJ&pg=PA1&source=kp_read_button&hl=ja&newbks=1&newbks_redir=0&gboemv=1&redir_esc=y#v=onepage&q&f=false
聞き終わりました。面白かったです。望天とフロア平面図、Amazonの試し読みでも見られました。
https://www.amazon.co.jp/%E5%A4%A9%E6%B6%AF%E3%81%AE%E7%A0%A6-%E3%83%8F%E3%83%A4%E3%82%AB%E3%83%AF%E6%96%87%E5%BA%AB-JA-%E3%82%AA-6-9/dp/4150309450
Nagiさま
コメントありがとうございます。
平面図、ネットでも見られるのならこのブログからは削除しても大丈夫ですね。
まあ念のため当分はこのまましておきます。