武揚伝 原作:佐々木譲(青春アドベンチャー)

格付:AA
  • 作品 : 武揚伝
  • 番組 : 青春アドベンチャー
  • 格付 : AA
  • 分類 : 歴史時代(日本)
  • 初出 : 2018年10月8日~10月26日
  • 回数 : 全15回(各回15分)
  • 原作 : 佐々木譲
  • 脚色 : 小林克彰
  • 音楽 : 日高哲英
  • 演出 : 藤井靖
  • 主演 : 成河

榎本釜次郎武揚(ぶよう/たけあき)がオランダ留学から戻ったのは1867年(慶応3年)。
少禄とはいえ武士の子である武揚がエンジニアを目指したのは、この国難の時代、日本には100の議論を重ねるより100人の技師が必要だと思ったからだ。
しかし、幕府発注の最新鋭艦・開陽丸(かいようまる)を操船して帰国した武揚を待っていたのは、予想を超えて急転していく時代の流れだった。
最新鋭の軍艦という確固たる武力を掌握する武揚。
ゆえに、時代は彼を徳川家に忠実な一技師であることを許さない。
阿波沖海戦、江戸脱走、奥羽越列藩同盟への参加、そして函館戦争。
流転の幕臣が遂にたどり着いたのは、衆議で国のあり方を決める「共和国」というひとつの夢であった。



今回紹介するラジオドラマ「武揚伝」は、NHK-FM青春アドベンチャーでラジオドラマ化された3作品目の佐々木譲さん原作作品となります。
第1弾・第2弾は、本作品と同じ小林克彰さん脚色、藤井靖さん演出で制作された「獅子の城塞」と「天下城」。
特に後者は、青春アドベンチャーでは珍しい戦国時代を正面から取り上げた歴史ものでした。
そして今回ラジオドラマ化された「武揚伝」も、青春アドベンチャーでは珍しい幕末を正面から扱った作品です。

ちょっとずらした作品チョイス

青春アドベンチャーという番組は、たとえ歴史ものを題材とする場合であっても、「いかにも」といった感じのコテコテの題材は使わないちょっと斜に構えた(?)番組。
例えば、琉球を舞台とした「鷲の歌」(海音寺潮五郎さん原作、2014年)や、タイムスリップものである「タイムスリップ明治維新」(田村ゆかりさん主演、2004年)の前例はありますが、本作品はだれもが知る幕末の偉人・榎本武揚や勝海舟、土方歳三などを主人公や重要な脇役として登場させている点で、やはり青春アドベンチャーでは稀有な作品といえるでしょう。
ちなみに榎本武揚といえば歴史の授業では通常「えのもと・たけあき」の読みで習うわけですが、「ぶよう」という故実読み(ゆうそくよみ)でも呼ばれたそうで、本作品のタイトルも「ぶようでん」と読みます。
「ぶようでん」であって「ぶゆうでん」ではないですよ。

オリエンタルラジオです!

それでは行ってみましょうか!

「揚(あ)っちゃん、いつものやったげて。」
「聞きたいか、俺の武揚伝(ぶようでん)」
ぶようでん、ぶようでん、ぶようでんでんででんでん!
レッツゴ~!!

幕末に生まれた一つの奇跡

さて、榎本武揚って有名な割に何をした人なのかよくわからないと思いませんか。
榎本武揚といえば函館戦争。
戊辰戦争で最後まで戦っていた割には、その後新政府の要職にも就いた、よくわからない人というイメージですが、よく考えてみると最後の函館戦争で新政府が戦ったのはもはや幕府ではなく蝦夷共和国。
「徳川家の家臣」がいつの間にか「共和主義者」になり、幕末期の日本の一部に共和政体が成立していたわけで、考えてみると驚くべき事態です。
なにせ、幕府の守護者として京の町で恐れられた、あの「新選組、鬼の副長」が、自分で選んだ政権のために戦ったわけで、まるでイゼルローン共和政府のために戦ったシェーンコップのようです(わかりづらい例えでスミマセン)。
実は、彼ら自身が「共和国」を名乗った事実は全くないし、地元民との関係は必ずしも良好ではなかったようです。
しかし、有権者が一部の人間に限られていたとはいえ、曲がりなりに「公選」で「総統」を選んでいた。
確かに彼らの中に何らかの理想はあったのでしょう。

若者たちの物語

本作品ではその過程を、榎本武揚を中心とした若者たちの物語として描いています。
例えば、帰国以来の盟友で開陽丸艦長として榎本を支え続けた澤太郎左衛門(演:亀田佳明さん)、海軍と陸軍を行き来しながら苦闘を続けた荒井郁之助(演:豊田茂さん)、伝習隊を率い鳥羽・伏見の戦い以来の敗走続きの中でも戦いをやめなかった大鳥圭介(演:谷田歩さん)、京都時代の部下の多くを失いながらも死に場所を求めるがごとく戦い続ける土方歳三(演:丸山厚人さん)。
ちなみに函館戦争終結の時点で榎本が32歳、澤が35歳、荒井が33歳、大鳥が36歳、そして土方が34歳。
そして、軍事顧問ジュール・ブリュネ大尉は若干31歳ですし、副総裁だった松平太郎に至っては29歳又は30歳!(いずれも満年齢。なぜか函館戦争が終結した6月の生まれが多い)。
何と若い首脳陣でしょうか。

圧倒的な現実を前にそれでも夢を見る

そんな若者たちを始めとして、時勢が味方せず主流から追われた多くの人間が夢を求めて航海に出て、北の大地に集まる。
本作品、序盤は歴史の流れをナレーションで追うのに精いっぱいの印象もあるのですが、江戸脱出以降、特に中盤、奥羽越列藩同盟からも追われ、自由の海に漕ぎ出した榎本一統が、それでも理想を胸に抱いて、自治州の基本法を論じるシーンはなかなか感動的です。
世の中に負けて、大勢力に追われるようになってからが美しい。
さきほどはシェーンコップ(銀河英雄伝説)の例を挙げましたが、NHK大型時代劇「武蔵坊弁慶」の終盤の風も無きにしもあらず。
まあ、フィクションと比べてどうするんだという意見もあろうかと思いますけどね。

一方、勝海舟は

ところで、理想化とは逆に一般的なイメージより悪い描き方をされているのは勝海舟(演:北村有起哉さん)。
「洒脱で世慣れた大人」という描かれ方をされることが多い勝海舟ですが、本作品ではどちらかというと、のらりくらりと事態をやり過ごす、悪い意味で現実家。
そして中盤以降には、あくまでモノローグの中でですが、ほとんど八つ当たりとも思える私的な嫉妬心を吐露するシーンもあったりして、極めて印象が悪い描かれ方。
俳優の成河(ソンハ)さん演じる榎本武揚が、良くも悪くも考え方がピュアで若々しいだけに対照的です。

成河さんの演技あってこそ

そういえば、成河さんは、青春アドベンチャーでは人に化ける狐を演じた「白狐魔記シリーズ」でおなじみですが、そちらでは好奇心旺盛(軽率?)で優しい(お節介?)役だったものの、どこか傍観者でした。
それに対して榎本は若手ながら大きな責任を背負い、歴史に自ら向き合わなくてはならかった人物であり、本作品の成河さんの演技も、より現実的な苦悩と理想を感じられるものになっています。
「白狐魔記」をディスるつもりはないのですが、成河さんの演技の本領は本作品でこそ発揮されたと思います。
そういえば成河さんは、FMシアター枠で奇しくもやはり幕末を扱った「東の国よ!」に主演されています。
幕末が合っているのかも知れませんね。

物語の結末はわかっている

さて、物語の結末がどうなるのか……って、近現代史を勉強したことのある中学生以上(場合によっては小学校高学年以上)の皆さんには明らかですよね。
正直、これだけ多くの兵達が死んでいながら、首脳陣がほとんど生き残り、しかもそのうち何人かはその後明治政府で顕職に就いていたりするのが何だか微妙なところではあります。
榎本武揚なんて72歳まで生きていますし(ちなみに本作品の最終回が放送された10月26日は榎本武揚の命日!)。

生きていればこそ

その辺が、同じ悲劇的な結末でありながら、貫きとおしたという面で爽やかな余韻が残った「また、桜の国で」と違うところではありますが、いちエンジニア、いちテクノクラートとして本来望んでいた生を全うしたという形で、作品的にはきちんと説明ができており、後味が悪くならなかったところが救いでした。
土方歳三などキチンと「誠」に殉じている(同じく丸山厚人さんが土方を演じた「月下花伝」から続けて聴くと味わい深い)人もいるわけですし、そもそも死ねばいいってものでもないですしね。
という訳で、後半の逆境続きの展開に拒否感を持たない方であればなかなかお勧めの作品です。

オリエンタルラジオです!

それでは最後に!

「意味は無いけれど、ムシャクシャしたから、接舷攻撃(アボルタージュ)で切り込んだ。」
でんでん、ででん、でんでん、ででんでん
「意味は無いようで、意味はあったのさ。歩いた道こそ武揚伝(ぶようでん)。」
でんでん、ででん、でんでん、ででんでん
かんかかんか、かんか、かっきーん!
「破れた理想を胸に秘め、生き恥さらして、近代化に尽くす!」
ペケポン!

(補足)
本作品は、当ブログが年末に実施した2018年のリスナー人気投票で第3位の得票を得ました。
本作品のほかに人気だった作品にご関心のある方は別記事をご参照ください。


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