- 作品 : エド魔女奇譚
- 番組 : 青春アドベンチャー
- 格付 : A-
- 分類 : 伝奇(日本)
- 初出 : 2016年9月5日~9月16日
- 回数 : 全10回(各回15分)
- 作 : 小林克彰
- 音楽 : 森悠也
- 演出 : 藤井靖
- 主演 : 野本ほたる
時は西暦1713年(正徳3年)。
松平通春とその近侍・星野藤馬、そして長崎から来たハーフの少年・紅丸(べにまる)が、江戸で起こった少女の大量失血死と尾張藩主・徳川吉通の不審死の謎を話し合うために集まった帰り道でのこと。
夕暮れ時。吉原からの帰り道なのになぜか絶えた人通り。
彼らの耳元に突然、少女の声が聞こえてくる。
「知りたいは、死にたいと同じ。死にたいは、知りたいと同じ。関わらぬが無事というもの。」
操られるようにそばを流れる大川に目を向けた3人。
流れの中に純白の小袖と袴をまとった金髪碧眼の少女が立っていた。
それはあたかも水の上に立っているようだった。
彼女こそが「テッサリアの巫女」、そして「名もなきものの僕(しもべ)」…
本作品「エド魔女奇譚」は脚本家・小林克彰さんによるオリジナル脚本のラジオドラマです。
舞台は江戸中期ですが、西洋から流れてきた「魔女」が不思議な力を揮う話であり、いわゆる「歴史・時代もの」ではなく「伝奇もの」にジャンル分けされる作品です。
時代ものの実績あり
小林克彰さんは青春アドベンチャーでオリジナル脚本の長編を書き下ろすのは初めてですが、すでに中世から近世にかけての日本を舞台としたいくつかの作品、すなわち「蜩ノ記」(葉室麟さん原作)、「獅子の城塞」(佐々木譲さん原作)、「鷲の歌」(海音寺潮五郎さん原作)の脚色をされており、時代描写の面での不安はありません。
「髑髏城の花嫁」は良作だった
また、本作品と同じように「少し過去」+「少しアクション」+「超常要素」という組み合わせだった田中芳樹さん原作の「髑髏城の花嫁」もなかなか巧みに脚色されており、ファンタジー要素も大丈夫だと思います。
ただ、作り込みを失敗するとチャチな作品になりがちなこれらの要素を満載したうえで、オリジナルの長編脚本をつくるとなると、その難しさはまた別です。
青春アドベンチャーでは同様の舞台、要素の作品として「魔岩伝説」がありますが、こちらは荒山徹さんの原作小説のある作品。
果たして今回その試みは成功しているのでしょうか。
テッサリアってどこ?
伝奇ものの魅力を増すための仕掛けとして重要なのは、まずは「それっぽい」用語をちりばめることでしょう。
本作ではやはり「テッサリアの巫女」。
テッサリアとはギリシャ中部一体を現す地名です。
いうまでもなくギリシャ・ローマ文明はヨーロッパ人にとって自らの文明の基盤とも自負する精神的な支柱なわけですが、彼らはキリスト教徒でもありますので、ルネッサンス以前は「偶像を崇拝する異教徒の文明」として排斥すべき対象でもあったわけです。
そのギリシャ(ギリシア)の神話で登場する女神ヘカテーは、月と魔術、幽霊、豊穣、清めと贖罪、出産を司る神とされ、テッサリアの巫女たちによって祭られていたとされています。
その経緯により、中世においてヘカテーは密かに魔術の女神として崇拝され続けていたそうですので、その意味ではまさに魔女伝説を持ち込むために最も正統的なワードといえると思います。
徳川宗春登場
また、逆説的ですが伝奇物を魅力的にするもう一つの要素が「史実」の折り込ませ方。
史実の持つ力をうまく盛り込むことにより、100%フィクションの異世界ファンタジーとは違った魅力を持たせることができます。
その点で、本作品では「尾張春風伝」でも主役を張っていた徳川宗春(=松平通春)や、「暴れん坊将軍」こと徳川吉宗といった魅力的な歴史の「主役級人物」を脇役として登場させていることが、良いアクセントになっています。
様々な工夫
その他、第1回は肝心の魔女を全く登場させず、本作品の主役である紅丸の人物紹介に終始させたり、時折アクセントになるアクションシーンを混ぜたり、ダミーヘッド録音の技術を使って魔女が耳元でささやくような効果をしたり、なかなか楽しめる工夫が凝らされています。
ダミーヘッドマイク。
この子に向かって声を録るのです????
照れちゃう。笑
ダミヘでアフレコできる機会があろうとは。嬉しい。 pic.twitter.com/IXKOd71ECg— 美山加恋 (@karen_miyama) 2016年7月25日
背景がわからない
ただ、残念ながら、これらの要素が本作品を傑作と呼べる領域まで引き上げているかは微妙なところです。
正直なところ、「ちょっと不思議なアクション活劇」で終わってしまった感もあります。
せっかく、主人公を、西洋と日本の狭間に身を置いた存在である紅丸に置いたのですから、彼女と魔女との対比の中で、魔女やその他の登場人物たちの土壇場で行動を通じて(人間賛歌でもあるいはまったく逆でも良いのですが)きちんとしたテーマっぽいものを描き、さらにはなぜ魔女は日本に来たのか、彼らの置かれた歴史的な位置づけといった社会的な背景まで描いていただきたかったと思います。
これは何も説教臭い「深い」作品を聴きたいということではなく、あくまでエンターテイメント性を高めるためのもう一段の工夫としての希望です。
敵役に感情移入しづらい
特に、魔女の動機あるいは行動原理が見えないのが痛い。
本作品の魔女は(特に後半では)かなり感情の起伏をみせるので、リスナーとしてはそれに共感あるいは反発することによって作品に入り込みたいのですが、その縁となる情報がなさすぎる。
逆に魔女を普通の人間では理解できない不気味な存在として描きたいのであれば、あれほど直情的な存在にすべきではなかったと思います。
後半失速するパターン
そもそも、青春アドベンチャーは短編のオムニバス作品以外は原作付の作品がほとんど占める番組なのですが、近年、本作品のようにオリジナル脚本の作品が増えています。
ただこれらの作品全般の傾向として、第1週目の出来は良いのに、後半失速する作品が多いように感じます。
特にエンタテイメント性の強い、SFやアクション系の作品に多いのではないでしょうか。
「泥の子と狭い家の物語~魔女と私の七十日間戦争~」しかり、「僕たちの宇宙船」しかり、「双子島の秘密」しかり。
属性を生かして欲しかった
本作品も、前半の雰囲気と、個々の登場人物たちの属性付けは魅力的だったと思います。
遊郭生まれのハーフの少女(紅丸)、野心家(吉宗)、気さくな部屋住み(通春)、血液マニアの蘭方医(牽牛)、お金が大好きな同心(片山)、没落した商家の少女(奈津)、忠臣(藤馬←彼だけはちょっと属性が弱いか)…
彼らの属性がもっと際立つような展開だと良かったと思います。
そういえばオリジナルものでありながら最後まで緊張感が持続する良作だった「人喰い大熊と火縄銃の少女」は、各キャラの個性が際立った作品でもありました。
でも「人喰い大熊と火縄銃の少女」もオカモト國ヒコさんの2作目の作品。
小林克彰さんの次回作も期待したいものです。
主演は野本ほたるさん
さて、出演者は、まず主役の紅丸役を演じたのは野本ほたるさん。
「風神秘抄」の石川由依さんも所属している砂村事務所所属の女優さんで、2016年にはミュージカル「美少女戦士セーラームーン」の主役(セーラームーン=月野うさぎ)役を射止めています。
青春アドベンチャーでは「あたたかい水の出るところ」に出演経験はありますが、今回が初主演。
青春アドベンチャー初期に活躍されていた、宝塚女優のあづみれいかさん(わたしは真悟・リプレイなど)の声に似ていると思うのは私だけでしょうか。
美山加恋さん再登場
また、「魔女」の役は「シブちゃん」での好演も記憶に新しい美山加恋さん。
「シブちゃん」で美山さんが演じた「美由紀」は世話焼きな妹キャラだったので、「魔女」は全くタイプの違うキャラですが、本作品でもなかなかいい感じです。
その他、「はるかぜちゃん」としてネット(主にtwitter)では有名な春名風花さんが、紅丸が身を寄せる医者・宮部牽牛(演:石橋徹郎さん←いつもながら渋い)の助手・奈津役で出演されています。
気さくな若殿様
史実の人物としては、松平通春役を青木玄徳さんが、徳川吉宗役を丸山厚人さんが演じておりなかなかよくあっています。
特に青木玄徳さんが演じる松平通春の気さくな若殿振りがなかなか良い。
「尾張春風伝」の今井朋彦さんもよかったのですが、それ以上にはまり役かもしれません。
これらに加えて星野藤馬役の竹鼻優太さんや、同心・片山金次郎役の小野ゆかたさんあたりが主要なキャストでした。
先ほど書いたとおり、星野藤馬は紅丸の相手役といった立ち位置で、とても出番が多い役なのですが、他のキャラが濃いのでやや印象が薄いのが残念でした。
本作品の音楽もオリジナル
さてさて、本作品に関しては、最後にやはり音楽に触れておかなければいけないでしょう。
本作品は最近青春アドベンチャーで増えているオリジナル音楽の付いた作品。
作曲家は森悠也さんで、青春アドベンチャーでは「クリスマス・キャロル」についで2作品目。
やはりオリジナル音楽はイイ!と思いつつ、このたかが2週間の作品(しかも再放送も1回程度しか見込めない)につける音楽にどの程度の予算が割かれているのか心配になってしまいます。
作曲家にとってはとにかく実績が大切なのだとは思いますが、十分な報酬が払われていることを祈ります。
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