斜陽の国のルスダン 原作:並木陽(青春アドベンチャー)

格付:A
  • 作品 : 斜陽の国のルスダン
  • 番組 : 青春アドベンチャー
  • 格付 : A+
  • 分類 : 歴史時代(海外)
  • 初出 : 2017年8月11日~8月25日
  • 回数 : 全5回(各回15分)
  • 原作 : 並木陽
  • 脚色 : 山谷典子
  • 音楽 : 日高哲英
  • 演出 : 藤井靖
  • 主演 : 花總まり

1223年。
ヨーロッパとアジアの中間、黒海とカスピ海に挟まれたキリスト教国でひとりの女王が即位した。
周りをイスラム教国に囲まれるという地理的な不利を跳ね返し、その国が繁栄を極めたのはすでに過去のこと。
前王はモンゴルとの戦いで戦死し、国の存続すら危うい中、政治に無関心、無関係で育った女王にとって、唯一の味方は、隣国ルーム・セルジュークの王子であり幼馴染であった夫ディミトリだけであった。
これは国の運命を一身に背負った女王の物語。
最愛の男性と結ばれるという幸福と最愛の男性と離別するという悲しみを同時に受け止めた女王ルスダンの物語。




本ラジオドラマ「斜陽の国のルスダン」は、もともと並木陽さんにより書かれた同人小説をラジオドラマ化した作品だそうです。
そして、内容は中世を舞台にしたラブロマンス。
「同人小説」+「ラブロマンス」というと、「NHKさん、随分と思い切った選択をしたなあ」と思われてしまいがちですが、実はそうでもないのです。

作品チョイスがマニアック

NHKのお堅いイメージとは裏腹に、青春アドベンチャーは、その前身番組、前々身番組のころから、マイナーなジャンルの作品を積極的にラジオドラマにしてきた伝統があります。
SF小説や漫画は言うに及ばず、ライトノベルの元祖といわれる「妖精作戦」を取り上げたのは1980年代後半に放送されていた「アドベンチャーロード」でしたし、「サウンド夢工房」や「ふたりの部屋」、「カフェテラスのふたり」といった女性リスナーを意識した番組では花井愛子さん(夢行き階段、など)、折原みとさん(夢みるように愛したいなど)、氷村冴子さん(なんて素敵なジャパネスク)といった、いわゆる少女小説を原作にした作品も多くありました。

マニアックこそが正統

さらには原作(とされる作品)と全く違う内容にしてしまった「ドラゴンジェットファイター」や、自費出版された書籍をベースにした「スペインから」など、スタッフの柔軟さ、というか悪食さは、昔からなかなかのものです。
そういった原作選択の幅広さを踏まえると、本作品もまさにNHK-FMのエンターテイメント帯ドラマ枠のひとつの正統な系譜に連なる作品とも言えるでしょう。

並木陽さん活躍の第1歩

ちなみに、この並木陽さん、本作品が放送された翌年の2018年には「暁のハルモニア」でオリジナル脚本に挑戦(さらにその翌2019年に「紺碧のアルカディア」も)することになるのですが、その企画は実はこの「斜陽の国のルスダン」が放送されている当時から動き出していたのだそうです。
並木陽さんのtwitterによれば並木さんご自身、若い頃は青春アドベンチャーのリスナーだったとのこと。
自分が聴いていた番組に、同人誌として発表した作品が採用される。
さらにオリジナル脚本を基にしたラジオドラマも作られる。
これは嬉しいだろうなあと思います。

グルジアとジョージア

さて、本作品は中世のグルジアを舞台にした作品です。
グルジアといえば、いつのまにか正式国名が「ジョージア」になってしまったことで有名?な国。
私もラグビーの国際試合を見ていて(意外ですがジョージアはラグビー強国なのです)、いつの間にかジョージアなる新興勢力が現れたことに驚いていたのですが、何のことはないグルジアでした…
ちなみにグルジアもジョージアも語源は同じで、グルジアがロシア語系の読み、ジョージアが英語系の読みなのだそうです。
旧ソ連の崩壊後に分離独立したジョージアには今でも反露感情が強く残っており、ジョージア政府の要請を受け日本政府も2015年からジョージアに表記を変えたそうな…色々ありますなあ。

モンゴルに抗した英雄?

何はともあれ、そのジョージア=グルジアの出発点となったのが、中世に存在したグルジア王国。
11世紀末から13世紀にかけて黄金時代を迎えますが、その末期に王国を統治したのが実在の人物であるルスダン女王でした(青春アドベンチャーで実在の人物を扱った作品についてはこちら)。
作品タイトルどおり「斜陽の国」だったわけですが、モンゴルの侵攻という暴風を受けたにもかかわらず、王国は何とか命脈を保ち15世紀まで続くことになりますので、ルスダン女王の手腕もなかなかのものだったのかもしれません。

あくまでラブロマンス

ただ本作品はそういったポリティカルサスペンス的なものが主軸にあるわけではなく、あくまでラブロマンスです。
王が王都と民衆を見捨てて逃げ出す、イスラム教への改宗を拒んだ10万人が殺される、といった悲劇も、歴史的・社会的・民族的な大事件という視点から語られるのではなく、あくまでルスダンとディミトリとの間の悲劇を彩るための個人的かつエモーショナルな出来事として描かれる。
ほぼ同じ立場ある「帝冠の恋」の主人公ゾフィーと比較すると、恋に迷いながらも強い自我で一貫して国母たらんとするゾフィーに比べて、ルスダンは行動の根本原理が愛情。
ディミトリを裁断したときの言動は「かわいさ余って」としかみえず、とても一国の指導者とは思えない軽率さです。
良くも悪くも結局ルスダンは「女の子」であり続けたように感じます。

歴史ものとしては不満足

また、ディミトリについても、10万人が死ぬことより、首都トビリシをルスダンの手に戻すことを重視する態度にはさすがに共感できません(単に王族ならではの無自覚・無関心なのかもしれないけど)。
この辺はさすがに大人の男性にはちょっと甘ったるすぎます。
また、青春アドベンチャーでも短めの15分×5回で歴史上の大事件を描いていることもあり、全般的にストーリーが駆け足なのも否めません。
歴史もの、それも日本人になじみがなく背景知識のない国の歴史ものをきちんと描くにはやはり5回は短すぎます。

マイナーなだけに興味深い

…という訳でいくつか個人的な趣向にはあわない点もあったのですが、その割には本作品の視聴後感は悪くありませんでした。
というのも、まず、「モンゴル」や「キリスト教対イスラム教」という日本人でもわかりやすいファクターを突破口にして、知られざるグルジア史への興味がそそられたこと。

海宝さんが爽やか

そして甘いラブロマンスであることについても、ルスダンを演じた花總まり(はなふさ・まり)さんとディミトリを演じた海宝直人(かいほう・なおと)さんの熱演により、華がありつつ嫌味度の少ない雰囲気に仕上がっています。
海宝さんは劇団四季の「ライオンキング」で主役シンバの子供時代と成長後の両方を務めたことのある唯一の俳優さんですが、青春アドベンチャーでは「DIVE!!」や「タランの白鳥」での主演経験があり、すっかりおなじみです。

花總さんは可憐

また、花總さんは宝塚歌劇団宙組の元トップ娘役
同じ元トップ娘役としては、秋篠美帆さん(ベルサイユのばら・外伝)、純名里沙さん(小袖日記)、野々すみ花さん(帝冠の恋、雨にもまけず粗茶一服)の例もありますが、花總さんはトップ娘役に12年も君臨した伝説の存在なのだそうです。
女王の演技が似合っているのも納得です。

全体の構成も工夫されている

また、時間の短さかについても、1・2話をかなり駆け足にすることにより、3・4話にじっくり時間をかけて、全体が単なるダイジェストにならないようにしています。
また、第5話に第1話とほぼ同じシーンが登場します(正確に言えば第5話のクライマックスシーンの一部を第1話冒頭に流してから時間を遡って物語がスタートする)。
これは原作どおりではあるのですが、時間が極端にない中、冒頭の部分は省略してもよかったはずなのに、敢えて2回流したのは勇気ある決断だったと思います。
本作品の脚本の山谷典子さんは「晴れたらいいね」について2作品目ですが、できるだけのことはやっているように感じます。

音楽も雰囲気あり

また、雰囲気という点では日高哲英さんの音楽も効いています。
最近、藤井靖さん演出の作品でたくさん音楽を担当している日高さんですが、「タランの白鳥」と同様、異国風の音楽がとてもいい感じです。
実際のグルジア音楽に近いのかは判断できませんけど。

なお、この「斜陽の国のルスダン」からネットラジオ「らじるらじる」での聞き逃し配信が始まりました
ありがたいことです。


【並木陽原作・脚本・脚色作品一覧】
中世ヨーロッパを舞台とした多くの作品を提供された並木陽さんの関連作品の一覧はこちらです。


【30周年記念全作品アンケート】
2022年に当ブログが独自に実施した青春アドベンチャー30周年記念・全466作品アンケートの出演者編において、本作品に出演している海宝直人さんが9票を獲得し4位になりました。
リスナーの感想等の詳細はこちらをご覧ください。


(補足)
本作品は、当ブログが年末に実施した2017年のリスナー人気投票で第2位の得票を得ました。
本作品のほかに人気だった作品にご関心のある方は別記事をご参照ください。


(補足2)
「斜陽の国のルスダン」の宝塚での舞台化が発表されました。
詳しくはこちらにて。



コメント

  1. 莉子 より:

    SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    宝塚星組にて、斜陽の国のルスダンが公演されることが決まり、それなりに漫画や歴史物は好きなので多少は知ってはいるのですが、この作品については全く…ということで調べてみたところ、こちらにたどりつきました。

    とても読みやすい文章とレイアウト、そしてデータ力!で、コレは塚友に紹介せねば!と、即保存記事になりました☆
    そして驚いたことに、在団中の花まり様が好きで、活動再開されてからの舞台などはほどほど観劇できてるのですが、ラジオドラマまでは。。

    インスタでラジオドラマに〜という投稿は拝見してたのですが、おーののすみがよくやってるのの、花まり様もやるのね〜!(きりやん、きぃちゃんと、元トップスター起用が最近NHKラジオドラマ多くない?と感じてはいましたが)としか意識しておらず、斜陽の国のルスダンであったことなど、ど忘れしてました。。

    らじるらじる、でまた視聴できるようでしたら、ぜひとも聴いてみたいと思いました!
    そして、ラジオドラマは気になってはいたのですが、なかなか聴きにはいけず…を、これを機に撤廃したいと思いました!

    Hirokazuさんのほかのご投稿もこれから拝見いたしたいと思います。
    この記事を残していただき、ありがとうございました!!

  2. Hirokazu より:

    SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    莉子さま

    コメントありがとうございます。
    青春アドベンチャーでは番組開始当初の1990年代のディレクター兼プロデューサー(川口泰典氏)が積極的に宝塚出身の女優さんを起用していました。
    そして現在のディレクター兼プロデューサー(藤井靖氏)も宝塚(を始めとしたミュージカル畑)の俳優さんの起用に極めて積極的で第2の宝塚ブームの最中にあります。
    これが永遠に続くとは限らないので今が聞き時です!
    ただ、NHKの聞き逃し配信は放送後1週間だけなんですよね。
    それ以降に(公式に)聞くためにはいつになるかわからない再放送を待たないといけないのが現状です。
    なんとか公共的な配信をしていただきたいのですが。

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